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アーティスト全般の評価を着々と下げてくれる残念な自称アーティスト5つの特徴

みじんこアート, みじん講義

アーティスト全般の評価を着々と下げてくれる残念な自称アーティスト5つの特徴

ちょっとアートっぽいことやっただけで、もうアーティストなのと言い切っちゃう。資格がない職業ってつまりそういうこと。彼らによってアーティストに対する評価は着々と下げられていくのです。今日はその自称アーティストの特徴をまとめました。
前回の記事「アート通ぶるエセ目利きによくある5つの特徴」がやたら読まれたために「調子乗りやがったなコイツ」って思った人、正解です。

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現代アートとアート全般の区別がついてないアーティストが諸悪の根源

「アート」というのは「スポーツ」というのと同様の言葉です。現代アートは言ってしまえば「スポーツの中の剣道(=ジャンル)」みたいなもの。テニスも剣道もスポーツだけど、テニス選手はイコール剣道選手じゃない。ここを誤解してテニス選手が「私も剣道選手(現代アートの作家)なんです~」と言ってくる。逆は絶対に起こらない。つまり、現代アートの作家であると自覚しているアーティストは、自分をテニス選手であるとは考えもしないのです。
テニスと剣道に上下関係があるわけじゃない。テニスをするならテニスをがんばればいい。素晴らしいじゃないか、テニス。
テニスにしろ剣道にしろ、少なくとも選手として活動しているアーティストはまだマシだ。すべてのアーティストは私も含めて「自称」なんだけど、鼻毛一本分くらいマシなほうの自称。
今日はアーティスト全般の評価を着々と下げてくれる「自称」アーティストの特徴まとめです。

1)そもそも制作してない

とある国でインスタを見せられました。
「ぼくもアートやってるんだよ!」
その人のインスタグラムには、自撮り、カフェ写真、料理がメイン。ごくたまに枝が並んだみたいなものが写ってました。
それを見て危うくスマホをぶん投げてマンションの最上階から落とした挙句、タクシー呼んで「あ、すみません。あそこに落ちてるやつ、5万回轢いちゃってください」って言うとこでしたよ。
アーティストって名乗ってんなら当然、ふだんから制作してますよね?売れてる売れてないに関わらず。そもそも制作してない人たちが、日々制作している人たちと同等の位置に自分を置こうとする。人生に数回やったことがあるくらいでアートやってるクチ聞けちゃうところがアーティストの質が下がる理由です。
人生で2、3回診察室に入っただけで獣医やってるって言ってる人いたら見てみたいわ。

2)愛と平和を語りたがる

70億人中69億人が大事と思ってること、愛と平和。
「愛」「平和」って作品に描かれてあったら、もう目も当てられない。文字で書いてあるんだったらそれ以外のパーツ、いらなくね?
「手をつなぐ、抱き合う、地球を輪で覆う。これによって世界を覆ういっぱいの愛と平和を表現しました」
わー、70億人中、約70億人が思いつきそうな表現ですね。これで個性的とか自分で言っちゃうほど沸いてないことを祈るばかり。そもそも愛と平和を語ってる人は、ふだんから愛と平和行動取ってるんですかね?
愛と平和っていう作品をつくってるだけで、平和に貢献してるって信じちゃえる脳回路ってなんなの。ヒトの進化の過程で淘汰できなかったのそれ?作品と名付けたゴミを世界に着々と増やしている公害行動に、そろそろ気づいてもらいたいもんです。
残念なことに私がテーマにしている「癒し」というのもこの「愛と平和団」の仲間だと扱われやすい。そして「私も同じテーマでアートやってるんです~」と。ああ、わき起こる殺意が今日も新作に変わっちゃうなー!Love & Peace!

3)難しそうなタイトルをつけたがる

アーティストの解説あるあるですね。これが起こる原因は、現代アートの価値として「分からない」ことが良い、と言われていることがあげられます。これはだいぶ誤解があって、作家には自分がやってることは分かってるんですよ、見てる側に分かんないだけで。説明ベタなことはある。しかし難しい言葉の羅列は価値偽装しようとする人がやることです。
難解な言葉を使う、意味の分からない抽象表現を使う。これによって「おまいらには分からない価値がオレには分かってるんだぜ」を偽装しようとしてるんですね。バレバレですが。
これは偽装じゃないケースもあって、どちらか判断がつかない場合には、作家に直接聞けばだいたい露見します。アーティストトークで使っちゃった難しい言葉に追いつかずに「よく理解できてないんですが、そういうことらしくて」なんて言い訳しちゃう。じゃあ「分かる言葉で言えばいいじゃん」って思いません?作品に力がないのを言葉で盛ろうとする価値偽装の好例ですよね。
ところで私は元が獣医だったので、生物系の言葉で盛ろうとしている場合はだいたい分かります。
「クオリア」「アポトーシス」「シナプス」
生物系の言葉ってかっこいいんですよね。ちょっとした必殺技みたい。
作家と話せない場合の見分け方は、過去作品のポートフォリオをたぐること。その時だけの思い付きでカッコいい言葉選択してる場合は、その後の作品に言葉が継承されてないです。つまり、その時だけのために盛ったと。

私が生物系の言葉を使って作品づくりしてるのは、それが自分の専門であり、最も詳しいジャンルだからです。しかし、反省したこともあります。以前、赤い切り絵をつくってる作家が「毛細血管のように」って説明しているのを聞いたことがあるのです。自分自身も、自分のつくった赤い切り絵を「毛細血管みたいだな」と言ったことがあった。私は手術をしてたこともあるし、毛細血管の怖さも、中を流れてる血球成分も知ってる。にも関わらず、赤くて細かい切り絵ってだけで「毛細血管」って言っちゃったのかと。顕微鏡でのぞいて桿状核好中球を数えることもしてたのに、赤い紙に好中球成分が乗ってない!( ゚Д゚)
単語のもつ世界観を取り出すことなく、誰でも思いつくイメージのみの言い回しで、自分の作品を自ら貶めたのだと反省。それからは生物系の表現を作品に合わせて使う時には気をつけています。

↑ちなみに私の近作でよく売れたシリーズ「絵の具を使い切りたかった」
余った絵の具を使い切りたかったよ!(*´▽`*)テヘペロ!

参考リンク  ギャラリータグボート(Oumaの作品ページ)

4)感性に従ってつくってるんです

おお、感性最高論の宗派に属する信者がアーティスト側にも!神よ!感性の神よ!
直感にしたがってる、感性で描いてる。だから説明できないのだと。感性って言っちゃえば底浅でも、なんも考えてなくても全部ごまかせると思ってる。感性で描いててもぜんぜんいいんですよ。好きで買ってく人もいっぱいいると思います。でもそれはテニスプレイヤー。そう主張したいなら「自分が剣道選手(=現代アートの作家)だ」と言い張らないでほしいのです。
まぁ実際、感性のみで描きましたって人の作品はどれもみんな同じでつまんないもんばっかなんですけどね。あれでしょ、絵の具飛ばして筆叩きつけて太いラインで画面全部埋めました、みたいなやつでしょ?ジャクソン・ポロックがいるのをいいことに、安心して後追っちゃいました、みたいなやつでしょ?掘り下げてないのでみんな同じになるのは当然のこと。同じ画面に見えても、感性って言葉に逃げずに、掘り下げてつくってるアーティストが気の毒です。感性論のせいで一緒くたにされちゃうよね。
ところで私は、宇宙とつながってるみたいな人に「こういう絵を描いて、こういう分野の人に売ればいい。そしたらうまくいくから!」と全く描きたくもやりたくもないことを聞いてもいないのに勧められたことがあります。直感的に宇宙の声が降ってきたんですって。それに従ってないから今も売れずに苦労してるのかー、へー。

5)情報「交換」したがる

SNSでの私の投稿を多少なりとも追ってくれてる人は分かると思うのですが、私は自分が得た情報を「公開」しています。個別に情報交換することはまずないです。同時にアートの議論も個別に行うことはほぼなく公開でやってます。公開したほうがアーティスト全体へのメリットが大きいからですよ。資格がない分、誰でもなれちゃうのがアーティスト。でも続けていく、それだけで生きていくのが大変なのも確か。情報を公開し合うことで、みんなで道を探れるじゃないか。
「一緒に情報交換し合いましょう!」って言ってくる人はだいたい、自分だけ得をしたいと思っている。そんな人のために自分の制作時間を削る意味がワカンネ。自分のつくるアートが本当にオリジナルだというのであれば競合なんていないはず。私の作品と相性の悪いギャラリーでも、あなたの作品とは相性が合うかもしれない。
私はこれからも情報は公開していきますよ!

おまけ)作品に変化がない

活動を始めたばかりの作家にはこれは言わないです。だから「おまけ」。
たとえば10年やってます、みたいな作家のポートフォリオを見た時に、全部おんなじような作品が並んでいたら、「この人、挑戦する気あんのかな」って思っちゃいますよね。そもそも作品をつくるなんて全く命もかかってないし、基本は引きこもりだし、安全圏の中でやってること。売れてなければ税金も払ってない。それなのに画面の中で挑戦もしないって。そういう人の作品って、次回作が楽しみにならないですよね。生涯でつくる作品の底がぜんぶ知れちゃった、みたいな。マンネリが好きなら古典をやれ!って話です。

合わせて読みたい  現代アートについて考える~初心者の第一歩から海外展開まで役立ち記事まとめ  新人作家に捧ぐ!アート通ぶるエセ目利きによくある5つの特徴

作家の中には、作品にリアリティをもたせるために、あえて危険な国に暮らして制作する人もいます。作品作りに生命賭けてるとか沸いたことを軽々と口にできちゃうアーティストさんは、とりあえずアブラモヴィッチとフランシス・アリスの作品見て自主的に穴に入ろっか!
やれやれ、アートに向かう作家たちの真摯な姿勢が、てきとーやってる自称アーティストによって、貶められないことを祈るばかりです。


みじんこは、祈ってばっかです!ヽ(=´▽`=)ノLove & Peace!

みじんくん と みじこちゃん

「ホントは祈ってないよっ」
「祈る気がないよっ!」

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