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【みじん講義】人の心を動かすストーリーの作り方 ~【連載第2回】苦しい時に自分を支えるストーリー~

ふくべえちゃん
みじん講義

【みじん講義】人の心を動かすストーリーの作り方 ~【連載第2回】苦しい時に自分を支えるストーリー~

さて、第1回のストーリーの重要性に引き続き、今日はストーリーは自分を支えてくれるもの、というお話です。
ストーリーというのは、その人に1つしかないものだと私は思っています。それはその人の人生すべてが1つのストーリーであるからです。

1)今、やりたいことの理由を突き詰める

絵を描きたい

自分にこんな衝動があったとします。この時、ストーリーの根幹を作るのが「なぜ、絵を描きたいのか」です。
人が喜んでくれると嬉しいから、子供の頃から描くのが好きだから。
いろんな理由が浮かぶと思いますが、私自身の例を参考に、具体例をまとめてみましょう。私の場合は「なぜ体験できる作品を世界中で作りたいのか」です。

1.他者に向かった理由

  • 人に喜んでもらいたい
  • 人におもしろい体験を味わってもらいたい
  • 世界中の人と出会っていろんな価値観を伝えることで、世界の多様性を伝えたい
  • 作品を観光資源とし、その土地に人を呼ぶことで人と人との交流を活発にしたい
  • 世界中が安全な場所になって欲しい

2.自分に向かった理由

  • 世界中を旅していろんな人に会いたい
  • 楽しいことだけで生活したい
  • いろんな経験をしたい
  • その地域でできる創造的な制作は何か、現地で考え、その土地の人と実行したい
  • 人に褒められたい

おおまかに他の人のため、自分の人のため、と理由を分類しました。ざっと書き出すとこのくらいですが、実際はこれ以上に、あと5万個くらい(笑)は顕在意識に上らない理由があると思います。「他の人はどうあれ自分が幸せになりたい」「女の子にモテたい」「自分が一番得したい」掘り出していけば、そういう自己中心的な感じの理由も上がってくるでしょう。でも、それも含めて全部あなた自身です。
あえて最初に理由を分けましたが、人に喜んでもらえると「自分が」嬉しかったり、自分が旅することによって出会う「相手が」喜んでくれたり。これらは分類不可能なくらい、実際は混ざり合っています。自己中心的な理由が出てきたとしても、それは自己中心的でない部分も必ずあるということですね^^
あなた自身のストーリーを知るため、まずは自分がやりたいことに対して、「なぜそれをやりたいの?」を自分に問いかけてみましょう。出てきた答えに対して、さらに「なぜ」を問いかける。これを繰り返しながら、自分を掘り出せるところまで掘り出してみましょう。

2)一度やめてもまた始めてしまうもの、それが『あなただけのストーリー』

さて、私が遂行中のプロジェクト『アートで心の癒やしを!獣医×作家「Ouma」と一緒にNYに自分の夢を掲げよう!』ですが、もし反響が大きくなってきた時、どのような批判を受ける可能性があるでしょう?

  • そんなに有名になりたいの?
  • 日本一にすることになんか意味あるの?
  • どうせお金稼ぎたいだけなんでしょ?
  • お前に言われたくないわw
  • なんかうざい
  • いい人ぶってる

なんか想像で例文を書いてるだけで泣きたくなってきましたが、反響が大きくなればなるほど、一定数はそんな声も必ず聞かれるはずです。あるいは、すでに経験がある方もいるかと思いますが、持ち込みをして断られたり、全然ダメだと言われたり、このくらいできるやついっぱいいるって言われたり。何か活動し始めると、どこかで一度はそんな状態にぶつかると思います。(ぶつかったことがないなら、あなたが神すぎるか行動してないかどちらかかと、笑)

もうやめたい。

そう思うこともあると思うのです。それで一度やめたとして、そのままやめっぱなしになってしまうのであれば、あなたの紡ぐストーリーにとって、それほど大事なものではなかったのかもしれません。一度やめたはずなのに、どうしてもまた始めてしまうもの。
それがあなたの描くストーリーです。

3)うまくいかない時、ストーリーはあなたを支える

それではなぜ、そんなに苦しい状態にありながらも続けてしまうのでしょう。何もしなければ、うまくいかないことも批判されることもないのです。やらなければ楽なのに、なぜやってしまうのか。私自身が今までやりたいなって思ったけどやめてしまったこととしては、

  • 編集者になりたい
  • 細胞病理医になりたい
  • 絵本作家になりたい
  • 小説家になりたい

こんなことがあります。でもチャレンジってほど頑張る前にやめちゃった、苦笑。それでは、続けていることは何でしょう?

獣医であること

今まで最も苦しい思いをしながら、それでも続けているのはこれです。ちなみに獣医=臨床医という意味ではなく、「人を癒やす職業」としての獣医です。他にも文章を書くこと、キャラクターを描くこと、は好きで長く続けていますが、それらはあまり苦しい思いもしてないので、一番はやはり「獣医であること」です。

なぜ、獣医であることをやめないのか?

それは自分が「獣医」になるために、多くの動物たちが亡くなっており、また臨床医として一人前になるまでに、多くの動物たちが私に診察させることによって、まさに自分の生命を使って私自身を育ててくれたからです。多くの生命に支えられて獣医になったのだと知っているので、やめるっていう選択肢が自分にはないのです。この人を癒やすということは何か。そこを展開し、より具体的な方法に落としていくと、1)で挙げた「体験できる作品を世界中で作りたい」につながっていきます。人を癒やす、そのためにできること。それは様々です。現在は体験型作品の制作を目指していますが、もしかしたらそれは途中でやめてしまうかもしれない。でもたぶん、人を癒やすことは何か、その探求を別の手段で模索するのでしょう。それは獣医として。

ふくべえちゃん

ここでちょっと昔話を。
私が獣医大学の6年生の時、数えきれないほどの実験動物を手にかけ、ちょっとひどい言葉を使ってしまえば「殺しって慣れるんだなぁ」って感じていた時です。以前は、自分が手にかけた分の生命以上に、臨床医になって救ってあげることができれば、亡くなった子たちの生命は報われるのかもしれない。そう思っていたことがありました。ですが、亡くなった子の生命はその子自身のもので、他の子で生命の代替をすることはできないんだ、ある時そう気づきました。考えてみれば、「あなたの子供を殺させてもらえませんか?その代わり、他の子を2人助けますから」って言うのは、ちょっとおかしな話ですよね。

今はどうしたらいいか分からないけど、もしできたら、自分が獣医になるために死んでいった子たち自身に、何かを返してあげられるようになりたい。

そう友達にメールしたことがあります。そうしたらその子から返信がきました。

できると思うよ。
決して心にもないことを適当に言ってるわけでもなく、過剰な期待を押し付けるわけでもなくて。

その子とは今はもう交流がないので、どこでどうしてるかはわかりませんし、たぶんこの言葉をくれたことも忘れてることだろうと思います。でも、何か苦しいことがあった時、私はよくこの言葉を思い出します。「世界のどこかに、自分のことを普通に信じてくれる存在があるんだな」と思うと、もう一回始められるのです。
そして自分自身も、ごく当たり前のことのように「あなたならできるんじゃない?」って言える人であれたらいいなって思います。今は分かった風のことを言っちゃうこともありますが、本当は、そうあれたらいいなって思います^^

さて、アウシュビッツ収容所で3年間生き延びた精神科医のV・E・フランクルは、苦しい環境にいる時ほど「生きる意味」が必要になると言っています。「自分の生きている意味はなんだ」そう問い続ける意志によって、人はどんなに苦しい状況を耐え抜き、生きることができるのだと。そして私はこの、『人が生きる理由』は、必ず他者(自分も含めた全体)への幸福に帰着するのだと思っています。欲求5段階説で有名なマズローが、晩年に追加した「自己超越欲求」というのがあります。自分がこれをやる、と決めたことのためにただひたすらやり続ける、という段階です。ここまで来ると、もう「なぜ?」は必要ありません。ただ、やりたいからやる、それだけです。
ん?じゃあ結局「なぜ?」とか紐解かなくてもやればいいじゃん!って思った方はちょっと待ってー!(゚д゚)
なぜストーリーが必要か?は次回お話ししたいと思います。

まずは、あなたにとって、苦しいはずなのに続けてしまうことは何か?そこを紐解いて、あなただけが描くことのできるストーリーを探してみてください。
それではまた次回をお楽しみに!

ちなみに、実際に臨床医になってから、獣医は動物の生命を救うことができない。できるのは動物が自己治癒することの手助けだけだ、と思うようになりました^^


あなたの夢をNYに連れて行く、みんなで夢を発信し叶えようプロジェクトは引き続き、みなさんの夢大募集中です!

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