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成功者に対する「やっかみ」が自らの人生をゆがめていく~売れてる現代アーティストが嫉妬されるワケ

みじんこ体験, みじん講義

成功者に対する「やっかみ」が自らの人生をゆがめていく~売れてる現代アーティストが嫉妬されるワケ

イソップ童話の酸っぱいブドウの話はご存知でしょうか。美味しそうなブドウがあったけど、自分の手が届かない。「いーや、あんなのどうせ酸っぱくて美味しくないんだ」。手に入らないものを否定することで、自分の心を守ろうとする。フリードリッヒ・ニーチェの言葉を借りるとこちらは「ルサンチマン(弱者が感じる強者への嫉妬、怨恨、憎悪、劣等感などの感情)」と表現されます。
「武器になる哲学」の山口周さんの言葉を借りると「やっかみ」です。今日はルサンチマンについて考えてみました。

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ルサンチマンによって起こる弊害

やっかみ、と書くと分かりやすいですが、せっかくなのでニーチェの言葉を使って、この記事ではルサンチマンと表現しつづけましょう。そのほうがなんかかっこいいし笑。
自身がルサンチマンに囚われると、物事を正当に見られなくなります。具体的には2つの反応が起こるとのこと。

1)ルサンチマンの原因となる価値基準に隷属、服従する
2)ルサンチマンの原因となる価値判断を転倒させる

参考リンク  武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50

この反応を、現代アーティストについての反応として例えを考えてみましょう。
有名な現代アーティストがいたとします。世界的に大人気だけど、自分はそんなに好きじゃないし、興味もない。でも、それを持ってると、周りの人にアート分かってるっぽく思われる。そんな状況があったとします。

1)の例で言うと、ぜんぜん欲しくないけど、周りの価値判断に合わせて「自分も買っちゃう」。自分は興味ないんだ、という自分の心を基準にするのではなく、「好きじゃないって言ったらアートが分かってないと思われそう」のような不安、自信のなさから、好きでもない物に寄り添っちゃう状態になります。有名、ブランド、人気、など権威やマジョリティ、あるいば「差別はダメ」など正しく聞こえる意見に隷属する状態ですね。

2)の例は、村上隆批判によく現れているかもしれません。
つまり、超売れっ子アーティストを「商業的」と批判し、「現代アートなんて所詮ビジネス。自分はそっちの道には行きたくない」と現代アート自体を否定すること。建設的な批評なら良いのですが、本当は自分の作品も現代アートとして評価されたいのに、現状はそういう状態になっていない。だから、「あんなのクソだ」と言うことによって、相手にされていない自分を守ろうとする状態に陥るということです。

キリスト教が生まれたのはルサンチマンのせい

著作ではニーチェがキリスト教を例にしてルサンチマンを説明しているのが紹介されています。
古代ローマ時代、ローマ帝国の支配下にあったユダヤ人は貧しい状態にありました。支配者のローマ人を憎んだり妬んだりしても、状況は変わらない。そこで彼らは神を創り出し、「ローマ人は豊かだけど、貧しい自分たちのほうが神の国、天国に行ける」とした。・・・すごいこと言ったな、ニーチェ!時代的に絞首刑とかなってないかな、と気になって調べてみたら、ニーチェの死因は肺炎でした(Wikipediaより)。
貧しい者、持たざる者は幸福かもしれない。でも豊かでも幸福ですよ笑。

各国が競って自国の文化を推している現状

かつて、美の中心といえばヨーロッパでした。名だたる作家の多くがパリに移り住んでアートを学び、アーティストたちと議論を重ねたのは有名ですね。世界大戦後、美の中心がアメリカに移ってきます。ラウシェンバーグ、ジャスパー・ジョーンズからアンディー・ウォーホルなどポップアートが中心になってくる。若い国であるアメリカは経済・軍事の面で世界一になった。でも文化・芸術においてヨーロッパには敵わなかった。そこでアメリカは連邦美術計画という芸術家支援計画を始め、多くのアーティストを支援、全米の公共機関や学校、病院やビルの壁面をアートだらけにした。そうして、文化・芸術の面においても自国を推しまくったのです。日本は海外の高額アートを買いまくって、それを支えていた笑。このへんのことは東京画廊、山本豊津さんの著作、アートは資本主義の行方を予言するに詳しく書かれているので、ご参考までに。

「歴史的に見ても、ギリシャ文化やローマ文化、中国文化のように、覇権を取った国の文化が周縁におよび、感化をもたらし、さらなる統治と支配を実現してきた」

参考リンク  アートは資本主義の行方を予言する(山本豊津)

実際にアメリカのいくつかの州では、建造物にかかったお金の何割かはアート作品を買って飾らないといけない、みたいな法律があります。ニューヨークを歩いていると、町中で見かけるアートの数がケタ違いに多いです。最近では中国もアートに力を入れている、、中国は同時に政治的な作品やヌードのようなものについては制限をかけていますが。まぁただ、ギャラリーや美術館があちこちに立ち上がって、活気があるのは確かです。

ルサンチマンによって足を引っ張られる日本の現代アート

今日はルサンチマン(やっかみ)がテーマなので、ルサンチマンと現代アートの関係をもう少し考えます。
現代アートが簡単につくれそうだったり、よく分からないだったり。なのに超高額で取引されている現状について、批判的に見る人も多いはず。私が一番よく聞く現代アート批判は「アートなのにビジネス的」です。しかし、このような批判的発言の裏に「現代アートが高額で売れる理由がよく分からない。よく分からないと、アートについて分かってないと思われるのでは。じゃあ、ビジネス的でキライだということにして、そこに突っ込まれないようにしよう」というルサンチマンは潜んでいないでしょうか。そもそも、ビジネス的だとなんでダメなの?スティーブ・ジョブズやソニーのことは感動的に語られることがありますが、どっちもビジネスですよ?
また、現代アートの作家は、各所から批判を受けてナンボです。これはまた別に記事をアップするつもりでいますが、健全に批評されることによって作家は作品を見直すことができ、さらに作品の強度が高まっていくのです。しかし、批判に耐えられないアーティストが「アートに良し悪しはない。作品を批判するような現代アートはおかしい」と現代アートそのものを否定する姿勢は、「本当は現代アートの業界でやってみたいけど、批評に耐える勇気がない自分自身を守るためのルサンチマン」だと言えます。もちろん、本当に現代アートに興味がない作家もいると思いますが、それなら単に「好きにアートやってる」でいいはず。あえて現代アートを貶める必要はないですよね。アートに良し悪しがないなら特に、ビジネス的なアートだとしても多様性の一つのはず。
自身の作品が現代アートの関係者に評価されない。だとすれば、それは作品が未熟なのです。それでも現代アートをやりたいのであれば、粛々と努力し、勉強し続けるしかない。やりたくないなら、単にやらなければいい。現代アートに関わらず、誰かや何かを批判する際に、そこに「相手より偉くありたい」「分かってる自分でありたい」などのルサンチマンはないか。自分を見直すことで、自分自身の正直な心を歪めなくて済みます。
同時に、応援しなかったとしても、そういうルサンチマンによる批判をやめるだけで、自国の現代アートについての風当たりは弱まります。建設的な批判なら歓迎です。しかし、単にやっかみによる批判、現代アートについての知識なく行われる否定は、これから挑戦しようとする若い芽を摘む原因にもなります。日本の現代アートは、日本の芸術です。自分のルサンチマンによって自国の芸術の足を引っ張ってはいないか。

ダミアン・ハーストが自分が吸ったタバコの吸い殻を灰皿に盛って作品にしたのがあるのをご存知でしょうか。こういうのが何千万円、何億円みたいに売れちゃうから、なんだよそれ!ってなるんでしょうが、私はだからこそ、全員に開かれているとアートだと考えるのです。絵を描くテクニックも、有名大学出である必要もない。
吸い殻を盛るなんて、ほとんどの人にできますよね。私だったら鼻をかんだティッシュを積んでもいいかもしれない。それがアートとして1千万円で売れるんだったら、やってみたくない?笑。もちろん、ダミアンは有名人だし、見映えだけ似たものをつくって評価されるわけじゃないですが。

現代アートに携わるものとしてできること

日本は現代アートについて理解がない。それが本当ならば、自分はどうするか。自身が現代アートに関わるのであれば、理解される土壌をつくるために微力ながらも発信をつづける。現代アートは単純に観光資源にもなるのです。アートサイトとして知られる直島には毎年40万人(瀬戸内芸術祭がある時には60~70万人)もの人が訪れます。もちろん、「もう観光客来ないで」と言いたくなるほど観光客が増えすぎたヴェネツィアの例なんかもありますが、人が集まることでその土地にお金が落ちることも確かですよね。
日本には福島を含め、たくさんの課題があるし、今すぐ現代アートに補助金を出せー!とは全く思いません。でも、一般の意識をもっと現代アートを許容するものに変えていきたい。アートは量産品と違い、作家のオリジナルです。良いアートは世界中から人を集めます。その恩恵を周辺の人たちも受けられるはず。ミュージシャンのライブがあって、地元のお店にいっぱいお客さんが入るみたいな。
そして、これから現代アートをやっていきたいという作家は、相手から向けられる批判がルサンチマンによるものかを判断すること。ルサンチマンによる批判など、ひがみに過ぎないのです。作品と社会に向き合い、これからも創り続けようではないですか。


みじんこは、ルサンチマンまみれです!ヽ(=´▽`=)ノ

みじんくん と みじこちゃん

「やっかんじゃうよっ。」
「ひがんでるよー」

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