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書家・山本尚志氏へのインタビュー「第1回/書家が現代アートの舞台に立つ上でやるべきこと(前編)」

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書家・山本尚志氏へのインタビュー「第1回/書家が現代アートの舞台に立つ上でやるべきこと(前編)」

現在、ニューヨークメトロポリタン美術館にも収蔵され、世界的に評価も高まっている書家・井上有一。
有一の没後30年を経て、有一の次の書家は現れないのか。2015年の井上有一取り扱いギャラリーであるウナックトウキョウでの個展ののち、2016年にユミコチバアソシエイツ(東京)で個展「flying saucer」、2017年に個展「Speech balloon」をギャラリーNOW(富山)、個展「バッジとタオルと段ボール」Bギャラリー(東京)、さらに作品集「フネ」の発行と目覚ましい活躍を遂げる書家・山本尚志氏。
古い歴史がありながら、なぜ、書はこれまで世界の「美術史」の中に組み込まれてこなかったのか。書の既成概念を超える、書家・山本尚志氏へ率直な疑問を投げかけた。

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――現在、書家であり、また現代アートの作家として活動されている山本さんですが、現代アートの作家であるというのは自称することができます。まずはどうすれば現代アートの作家として「評価された」と言えるのかをお聞かせください。

(山本)それにはやはり、美術批評家がこれは新しいと言うということだと思います。歴史をつくるのは彼らの仕事なので。彼らが公平な目で見て、これは今までなかったものであると宣言する。たとえば、ジャクソンポロックが認められたのは、アメリカの美術評論家グリーンバーグが「これは新しいアメリカの現代アートだ」と示したというのが大きい。
つまり、誰かが擁護する立場に立ち、世の中にプッシュするというのが必要です。書家・井上有一の場合には海上雅臣(うながみまさおみ)さんという方、美術批評家であり画廊主でもある方が影響力を持っていて。その方は棟方志功を推した方なんですね。その方が次に推した新人ということで、井上有一もだんだん認知されていったんだと思います。

参考リンク  クレメント・グリーンバーグ 最も影響力のあるアメリカ現代美術批評家 海上雅臣プロフィール

――山本さんの場合は大和プレス社長の佐藤辰美さんが、作品を大量購入して、作品集「フネ」にまとめられましたよね。佐藤さんは世界でも有数のアートコレクターとして知られていて、米国のアート雑誌「Art News」の2016年版にトップコレクター200として名前が出ていました。彼のような世界有数のアートコレクターが、声を上げたことで、かなり状況が変化したと言えますね。

参考リンク  2016 TOP 200 COLLECTORS(Art News) 山本尚志 2004-2016作品集 フネ


山本尚志個展「バッジとタオルと段ボール」B GALLERY(東京)で行われた建築家・谷尻誠氏とのアーティストトークの様子

――有一や山本さんにはそういった美術関係者とのご縁があったようですが、今現在、書道をやっていて、まったく美術関係者にコネクションがない人も多いと思います。そういう人が井上有一のように現代アートの作家として、世界のアートマーケットで扱われる、認知されるということはあり得るのでしょうか。

(山本)家でやってるだけであれば可能性はないですが、今はSNSやインターネットの自分のホームページであるとかで、作品を自由に発表することができる世の中になりましたよね。ですからそこを使ってみなさんが自由に作品を発表すると。それを見て書道に興味がある美術界の関係者がなんらかのアクションを起こしてくるっていうことはあり得ると思います。
ただ、今の美術界に書道を理解しているというか、書道に興味があるっていう人はそんなにたくさんはいません。ぼくは今年、ミライショドウという作品集を編集して大和プレスさんから出版させていただきました。それは私を含む8人の現代アートとして活動しようと企む新人、あるいはベテランの方もいらっしゃいますけど、そういう人たちを集めた雑誌だったわけです。それをもって、新しい書を世の中に浸透させようとしている動きがあるんです。今まではゼロだったのが、8人になったと。そのお披露目の展覧会が伊藤忠アートスクエアで行われた「書の未来展」。ミライショドウというのは、そこに向けてつくられたカタログだったわけです。

参考リンク  「ミライショドウ」 書の未来展

――現代アートとして認められる「書」の作品をつくるには、何を意識してつくっていくべきでしょうか。

(山本)まずは現代性という問題がそこに出てきます。なぜ今、書道の作品をつくらねばならないのか。そういう問題が一つ出てきます。しかもまず、なぜ筆なんだとか。ぼくの場合は、筆を使うことにも懐疑的で、筆を棄てた時期もあった。筆を排除してマーカーで書いてた時期もあったんです。
つまり、現代性を獲得するというのは、今ある従来の伝統的な書道のスタイルを疑うことからスタートしなければならないんじゃないかと思います。そうすると、今なぜ、それをやってるのかと。 たとえば、ぼくはもともと左利きを右利きに直すことがきっかけで書道の世界に入ったんですが。左利きを右利きに直すために始めたんです、というのは、現代アートをやる動機としては非常に弱いわけで。そこからいろいろ変遷を経て、ぼくもここまで来たと思ってます。

山本尚志個展「flying saucer」Yumiko Chiba Associates viewing room(東京)2016

当然それは、その人なりの書道に対する疑いというか、今までやってきたことに対して、なぜそれをやってきたという一つの理由付けをしないと。現代人は、特に美術界の方は首を縦には振らないと思いますね。
徳田泰清さんという井上有一のコレクターだった方が最初にぼくを発見してくれた時に、「おまえは天才だ」と叫んだんですが、それはなぜだったのかと、ぼくはよく考えています。それはやはり、今まで誰もやらなかったことをやったからだと思うんですよ。人の影響を受けて徐々に装飾的な文字をつくってきた書道のスタイルからして、誰もやってなかったことをやれというのがそもそも無理があったのだ、とぼくは思ってます。
だから、書道の世界の人が、現代アートの世界でやっていくには、まずは作品をいかにつくるか、皆目見当がつかないところから始めることになる。なぜなら、現代アートというのが、これまでになかったものをつくるということだからです。そういう意味で、書道と現代アートの親和性というのが非常に低いと言わざるを得ない。

参考リンク  筆を棄てた書家「山本尚志個展-マシーン」~線の強弱を廃し物体にあえて名前を入れる


「一人快芸術」広島市現代美術館(広島)2010

――書家というのが、もともとあるものを踏襲するものだった、ということが現代アートとは全く違うということですか?

(山本)そのとおりです。筆文字というのは、かつてのフォントですから。再現性が重要視されていたということですよね、楷書なら楷書を何千文字も再現して書かないといけないという。それがもともとの書道の存在意義でした。
そこからスタートした書道で現代アートをやる。誰も見たことがないような字体を書くことなのか、それとも言葉なのか。文字を書く書かないにしても、なぜそれをやったのかという理由が必要です。ふつうの現代人がなるほどって言えないものを、美術関係者がすごいねっていうわけはないですから。現代アートとして認められるには、美術関係者、コレクターでもギャラリストでも批評家でもいいんですが、これは今まで見たことがなかったよね、と言わせるものをつくらないといけません。

――実際に書壇に所属している人がこれから現代アートの作家としてやっていくとすると、書壇に歯向かうことになり、活動がやりにくくなるということはないのでしょうか。

(山本)それは当然あります。
書道は師匠のまねをして、誰に一番似てきたかということで評価されます。あとはお金をどれだけ積んだかということでも評価されることがあるから。それを飛ばして自分が現代アートなんですよっていうのは、一つの自分の流派をつくりあげるってことです。早く言えば破門ですよね。だからオリジナルの作品をつくるというのは、その人が師匠格になったということを意味するので、書壇の在り方からするとありえないんですよ。

――お金を払うことで自動的に書壇の中でトップ、師匠になれるものなんでしょうか?

(山本)もちろんある程度の技術は必要です。ところが、ある程度腕が上がると、誰の字か分からなくなるんですよ。やってる人たちには分かるようなんですが、周りから見たら分からないと。たとえて言えば、西洋人から見て、アジア人の顔はみんな同じに見える。中国人や日本人、韓国人の顔もみんな一緒、とかそういう感じに見えるんだと思います。そういう人たちの中で誰が一番お金を積んだかっていうので師匠が選ばれていく。その師匠になれたら、今度は弟子をたくさんとってこれまで払った分の回収ができるという、そういう仕組みなんですね。もちろん、必ずしもそうではないケースもあるんですが。

――そのシステム自体はこれからもつづいていくんでしょうか。つまり、書壇に入る若い人たちは今でも一定数いるんでしょうか。

(山本)いると思いますよ。たとえば趣味の一つとして、字が上手になりたいというOLやサラリーマンの方が当然、一定数いますから。その人たちがそういうシステムを知らずに入ってきて、ある程度上手になってきて、じゃあ今度は賞をとったらお礼が十万円必要よ、と知り、そこで気づいて辞めるかつづけるか、そういう状態なんですね。

――なるほど。ではそういう書壇を出て、現代アートとして作品を発表していくおもしろさというのはどこにあるのでしょう。

(山本)自分の作品を発表するっていうことと、書壇に所属して師匠のマネをするというのはかなり違うことです。書壇で自分の作品を発表するというのは、師匠の書いたお手本を買って、そのままそれをマネて日展とかで入選するので。オリジナルの、自分が勝手に考えた作品を発表する喜びっていうのをあまり感じたことがないんじゃないかと。書家が自分の字を書いてるってことがあまりないとぼくは考えているんです。


企業理念揮毫の依頼による制作(山本尚志書)

――自分の字を書いていない?

(山本)はい。一人一人が全部違う個性を持っているというのがそもそもタブーなので。その会派に入れば、その先生の字をどれだけうまくマネられたかというのが価値になってるのでね。だから会派のトップである師匠の字が、その人の全てになるんですよ。自分の字はそこで書いちゃダメ。

――自分の字を書いていないというのは、たとえば本人が実際にそれを見たことなくても、みんなで「初日の出」って書きましょう、という感じでしょうか。

(山本)ああ、実際に現象として「初日の出」を見たことはないけど、みんなで同じ文字を書くと、なるほどね。それはもう、書壇では漢詩を書きますからね。漢詩なんて読めないですから。そういうのがたくさん載ってる本があるんです。漢詩をたくさん紹介した書家必携、墨場必携(ぼくじょうひっけい)とか。その漢詩を書いたら書道の作品ができますといういわゆる言葉カタログですね。

参考リンク  墨場必携とは

――素敵な言葉カタログ、という感じですね。

(山本)そう、書家っぽい言葉が書ける「素敵な言葉カタログ」。それを見て「今日はこれを書こうかな~」っていう感じ。

――そこが自分の言葉になってないと。

(山本)なってないですよね。書家がやってるのは形だけなんですよ。
ぼくが新しいと言われているのは、自分が選び取った対象物の名前を書いているということなんですよね。すごくシンプルなことなんですが。でき合いの言葉、詩や俳句を書いてないところに新しさがあったと。
井上有一の書いた物にも新しさが当然あって。たとえば愚徹(ぐてつ)っていう作品があるんですが、愚に徹すると。その言葉は辞書には全く乗ってないので、有一が勝手にこしらえた造語なんですよね。造語を作って自分はこうなんだ、と表したことにやはり価値があったと思いますし。後年書かれた「噫横川国民学校」という作品という東京大空襲の惨状を書いたという作品も、本人が東京大空襲にあって、一度仮死状態に陥ったというエピソードが書かれています。そういった自分自身の体験を自分自身の言葉で書くというのが新しい試みだったと思います。

――現代アートの作家として活動してきて、喜びもあるでしょうが、実際に苦労していることや「もうやめたい!」と思うようなことはないのでしょうか。

(山本)20歳の時に書家になる宣言をして25年経った上でデビューさせてもらったので、辞めたくなるというのはさすがにないんですが。
たとえば書道というのは、誰もいないんですよね。自分以外にほとんど書道出身のアーティストがいないので、それがさびしいというのはありますね。たとえば先日、所属ギャラリーの忘年会に参加したのですが、写真家同士が楽しく作品について話をしたり、激論を交わしたりしているけど、僕は誰とも書道について激論は交わせないと。それはちょっとさみしいです。
作品については発表の場がすごく増えましたので、要求される作品の数が非常に多いなと感じています。それに応えるために自分の生活を変える、具体的には経営している学習塾を一つ閉めて制作時間を確保することはしました。

――山本さんは新しい作家をSNSなどで探しているというのも聞いているのですが、実際にどういう作家を求めているか、こんな作家がいたら今後、期待をかけたいというのはありますか。

(山本)まず、意外なことなんですが最近は書壇に属している作家からアプローチがあるんですよ。つまり、書壇に組み込まれず、自分だけの足跡を残したいという作家が。そういう人は助けたいですよね。それは救済に近いような気がしています。
そこで話をして実際にレッスンをしてみたら、この人は自分のものを持っている、自分のつくりたいものがあるんだなっていうことも分かる。自分が何かから解放されたいと思ってる人は、そういうレッスンを繰り返していくうちに、自分でも気づく。

――つくりたいものを自分で見つける?

(山本)自分で気づかなかった部分に、ぼくと話しているうちに気づくことがあるようで。たとえばぼくが「これは面白いね」というと、「こんなんでいいんですか」っていう話になるんです。こんなんでいいんだったら書けますと言ってどんどん書き始める。
これは井上有一が師匠である上田桑鳩(うえだそうきゅう)に自分の作品「自我偈(じがげ)」を見せた時と同じなんですよ。「こんなんでいいんですか、これなら書けます」と。みんなそう言います。それはその人が勝手につくりあげた自分勝手な書道なんですけど、その中におもしろさが宿っていると。それがぼくのような人が客観的な立場にいる人が「おもしろいんじゃない」っていうことで、「ああ、これがおもしろさなのか」と気づくみたいですね。

参考リンク  上田桑鳩(Wikipedia)

――では、多くの書家は本来、自分のオリジナリティーをもっているにも関わらず、実はそれに気づいてないだけというのが多いのでしょうか。

(山本)そうです、そのとおりです。
これは書道の師匠格の人がよく言ってることなんですが、人の字をずっと書いているといつの間にか自分の字が書けるようになってると。ホリエモンとかが聞いたら怒りそうですが、修行を積まないと本物には至れないみたいな考え方があるんですが。それでもぼくはそれに近いかなと思いますよ。やってったらなんかこう、自分なりの物が実はできるところまできてたのに、誰も肩を押してくれないからそのまま埋没しちゃったみたいな。それは残念なケースだと思います。そういう人をなるべく発掘して世に出していきたい気持ちはありますね。

――なるほど。よく分かりました。今日は長いお時間をいただき、ありがとうございました。
書家が現代アートの舞台に立つ上でやるべきことをテーマにした第一回のインタビュー、後編では「書道の既成概念を打ち破ろうとした前衛書道は現代アートとして通用するのか、現在の書道を取り巻く状況」などをご紹介していきます。

お楽しみに!

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山本 尚志(Hisashi YAMAMOTO)プロフィール/書家

1969年広島市生まれ。幼い頃に左利きを右利きに直すために習字塾に通ったことをきっかけに書道の世界へ。
東京学芸大学の書道科在籍中に井上有一の作品に出会い、20歳の時に自室で自身は「書家」であると宣言。また同年、ウナックトウキョウで井上有一の「夢」を80万円で購入。同ギャラリーで有一のカタログレゾネ制作に携わる。
2015年にウナックサロンで初個展「マシーン」を開催、2016年にユミコチバアソシエイツ(東京)で個展「flying saucer」、2017年に個展「Speech balloon」をギャラリーNOW(富山)、個展「バッジとタオルと段ボール」をビームスのBギャラリー(東京)で開催。 米国のアート雑誌「Art News」でも世界のトップコレクター200として何度も紹介されている現代美術コレクター、佐藤辰美氏。氏が社長を務める大和プレス編集により、2016年には作品集「フネ」(YKGパブリッシング)を発表。

参考リンク  KEGON GALLERY 山本 尚志(Yumiko Chiba Associates)


山本尚志個展「バッジとタオルと段ボール」B GALLERY(東京)2017

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