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書家・山本尚志氏へのインタビュー「第2回/書家の強みと日ごろ意識すべき具体的なトレーニング(中編)」

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書家・山本尚志氏へのインタビュー「第2回/書家の強みと日ごろ意識すべき具体的なトレーニング(中編)」

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書家・山本尚志氏に現代アートについてのリアルな話をお伺いするインタビューシリーズ。 前編では、書家の作品には「言葉」が入るべきなのかについての問答や、世界有数のアートコレクター、大和プレス佐藤辰美氏からのプロのアーティストとしての試験内容などをお聞きしました。中編では現代アートをやる上で、書家である必要があるのか、先生のコピーにならずに現代アートの作家を「育てる」ことができるのかなどお伺いしました!

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――井上有一の作品は「書」ではなく、抽象表現主義の作品として認知されていると聞きました。現在、世界のアートマーケットに「書」というカテゴリがないのであれば、これからそれをやるというのは、カテゴリづくりから始めることになります。


井上有一「夢」

――まったく存在しない分野を新たにつくるのは、既存のものの延長をつくるよりもはるかに大変です。それでも山本さんは「現代美術家」ではなく、最初に「書家」と名乗っている。その理由はなぜでしょう?

(山本)日本人の芸術として「書道」というものが存在する、ということを知らない外国人がいるなら、そこから説明しなければならないですが、そんなことはないでしょう。彼らは日本に書道という文化・芸術ジャンルがあることを知っている。
たとえば、我々がアメリカにジャズという音楽が存在するのだということは知っていますよね。遥か昔、雅楽しかなかった当時の我々からしたら、その段階では確かに異文化でした。
その異文化を受け入れることが、当時の我々にできたということは、現在の彼らにもそれは可能なのではないかと考えるのが普通で、かつ公平なことではないのかなと。
音楽にクラシック、ジャズ、ポップス、ロック、などのジャンルが存在するように、アートにも絵画、彫刻、写真、書、というジャンルが存在するのは当然ではないでしょうか。

――なるほど。確かに写真が発明されたのは1800年頃。現在、PACE GALLERYで取り扱われているチームラボなどのデジタル作品もごく最近にできたジャンルですね。

参考リンク  teamLab(PACE GALLERY)

(山本)そうですね。ぼくの現代アーティストとしての目標は、書が現代アートの1ジャンルとして定着することです。

――あくまで現代アートのジャンルとして?

(山本)これは、60年前に井上有一ができなかったことです。ジャクソン・ポロックもフランツ・クラインも日本の雑誌「墨美」に紹介され、実際に交流もあった。
しかし、彼らは書道からの影響については沈黙しています。唯一、抽象表現主義最後の巨匠と呼ばれるロバート・マザウェルだけは、海上雅臣氏に「井上有一は20世紀後半の指折り数える芸術家の一人」という旨の手紙を書いていますが。
また、さらに遡れば、19世紀の浮世絵も、彼ら西洋近代絵画の歴史にヒントを与えただけになっています。

――ゴッホが浮世絵に感銘を受けて、作品を模写していたことは有名ですね。でも、浮世絵がアートの歴史の一つとして、印象派、抽象表現主義、具体などと共に語られるかといえば、そんなことはない。

参考リンク  印象派と浮世絵 (1) – 印象派の技法とは

(山本)それがぼくの中では、彼らがやり残した宿題を与えられたような気分なのです。


「書の未来展」伊藤忠青山アートスクエア(東京)2017

――次に、後進を育てることについてお話を聞かせてください。現在、山本さんは少人数制ですが、「現代アート書道レッスン」というのを始めています。
(※2017年9月の時点では、一期生の募集は終了、次回募集は2018年春を予定)

参考リンク  現代アート書道レッスン(Kegon Gallery)

――書道はもともと、師匠の字を弟子が書き写すというトレーニングが基本だと聞きました。山本さんが誰かを指導するということは、新たに「現代アート書道会」という会派をつくり、そこに生徒を集める書壇のシステムと同じなのではないでしょうか?

(山本)ぼくはこれまで小俣さんにも相当いろんなことをお伝えしてきましたけど、小俣さんはぼくのお弟子さんではないじゃないですか。

――やだな、私は山本先生の弟子だと思っていますよ。2012年頃から山本さんに「芸術」ってなんでしょう、っていうのを聞きつづけていたわけですから。そういう意味では、山本作品と私の作品の違いを見ていただければ、弟子が師匠の作品コピーにはならないということは分かってもらえるでしょうね(笑)。


山本尚志「タオル」(左) Ouma(オーマ/この記事の筆者)「ゾウリムシ第3世代」(右)

参考リンク  Oumaホームページ

(山本)(笑)それと同じで、ぼくがこのような情報を現代アートの書道を志す人たちに伝えても、そうした上下関係は生まれないと思います。
ただ、ぼくは今の状況を見て、若い人たちを育てたいという強い希望を持っています。それは、今こそがチャンスだと分かっているからですね。そこで通話アプリを使ったレッスンをしている。一応、本気度を測るため、それと新たな書の動きをつくるために有料にはしていますが、書壇のピラミッド体制で必要な出費と比べたら、数千分の一でしょうね。

――実際に私も受けたのですが、全8回の講義で1回が75分、5000円とシステム上、全商品共通でかかる送料が750円でトータル5750円。1回につき719円ですね(笑)。実際は90分以上マンツーマンで話すこともあるので、これでは儲けは全くなくなっちゃいますが。


「一人快芸術」広島市現代美術館(広島)2010

――逆に、なぜそうまでして他の人たちにチャンスを与えよう、指導しようと思うのでしょうか。先日、自分の制作時間を確保するために、収入源である学習塾の教室を一つ閉めた、という話も聞きました。作家としてはやはり、自分の制作時間が一番大事だと思うのですが、それについては?

(山本)それがぼくの仕事だと思ってやっているからですね。
書道の歴史を紡いでいくというのは、当然一人だけの力では難しいはず。例えば、仮名文字を発明したのは一人だったか?ということを考えます。ひょっとしたら一人だったかもしれません。あるいは、共同作業だったのかもしれない。


臨書中の山本尚志

(山本)もう1000年以上前の話ですから、それを確かめる術は誰にもありませんよね。しかし、今はどうでしょうか。今、我々が日々紡いでいる新たな歴史というのは、おそらくはこんな風に電子文字になってインターネット上に残るんじゃないでしょうか。

――パソコンやインターネットがなかった時代と比べて、確かに記録するのは容易になりました。でもその分、情報過多になりましたよね。ということは、1人で発信するだけでは結局、情報の中に埋もれてしまうかもしれない。

(山本)そう。そうした活動が2017年に存在していたんだということを、後々の人が知って参考にしてもらえばと思ってやっています。そのためには、生き証人と思える人が大勢いたほうがいいんです。
先日誰かと話をしたときに、芸術家の人はあまり人と交流を持たないみたいなことをおっしゃっていたんですね。しかしそれはもったいない話で、交流を持てばそれだけ知識の幅が広がりますし、創作のヒントももらえるかもしれない。

――芸術家が人と交流をもたないというのは、日本だけの話かもしれませんね。海外だとアーティスト同士が意見を交わすことが日本よりはるかに多い。またアトリエのシステム的にも他のアーティストとの出会いが多いです。

合わせて読みたい  世界を旅して感じた海外と日本のアート環境4つの違い

(山本)いずれにせよ、一人でやっていて良いことは何もないんですよ。ぼくは一人で活動している時期が非常に長かった。だからぼくの事は数年前までどなたもご存じなかったと思うんです。
それにぼくはいろんな人に助けられて、いろんなことを教わってここまでやってきました。その恩返しがしたいんですよ。そのためにできることはわかったこと、知っていることを知らない人に伝えることではないかと思っている。今はそれを実行しているのです。

――山本さんが主宰する「現代アート書道」のクラスでは、現代アートの書道家として必要な見識の取得とギャラリーへの持ち込みを指導。またすでにご自身でキュレーションしているミライショドウなどの発表のルートにも推す可能性があるとおっしゃってましたね。

(山本)はい。

――私はこれまで海外のギャラリーにも売り込みをかけたことがありますが、美術関係者に直接見てもらう、というのはそれだけでかなり大変です。作品について説明するどころでなく、そもそも見てもらえない。ニューヨークのギャラリーではホームページに「持ち込みメールお断り」と書いてるところもあります。私が出会ったアーティストは展覧会に参加させてもらうために、現地に飛んでプレゼンし、作品DVDを置いてきて、さらにメールもしてようやく発表にこぎつけたと言ってたことがあります。
 それを考えると、山本さん経由でコレクターやギャラリストに見てもらえること、発表機会があるというのはかなり有利です。しかし、それによって取り扱う作品の質が下がってしまうということはないのでしょうか。

(山本)ミライショドウで最終的に、誰が選ばれるのかは、ぼくの一存ではありません。大和プレスが選びます。この事業は、アートブックを手がける大和プレスの社長であり、大コレクターである佐藤辰美氏が、書道という美術の中での空白分野を埋めるべく、氏のコレクション活動の最後は書道だと宣言し、一昨年からスタートしたものです。ぼくはそのお手伝いをしているに過ぎません。

――山本さんが参加作家を選んでいるわけではないのでしょうか?

(山本)ぼくではなくて佐藤さんですね。具体的には、定期的に大和プレスを訪れた際に、現在こんな新人の書家が出ていると、Facebookのタイムラインを毎回見せます。ですので、チャンスもあるのですが、ここで厳しいチェックが入ります。現時点で、まだぼくから大和プレスへの取次のない作家はまだまだキャリアが足りないことを意味します。

――シェアされた作家は全員見られている?それだけでもずいぶんなチャンスですね。

(山本)そう。小俣さんも大和プレスを訪れたことが一度おありなので分かると思うのですが、そうした仕組みですね。

――私が伺った時は、山本さんの初期作品のほか、森本順子さんやハシグチリンタロウさんの作品が一緒にビューイングルームに飾られていましたね。佐藤さんに「山本さんと他の書家さんたちの差はどのくらいあるんでしょうか?」と聞いたら、「山本と他の作家は10倍くらい差がついちゃってる」とおっしゃってました。でもその後に「もしかしたらリンタロウあたりが追い抜いていくかもしれない」とおっしゃっていた。森本さんも佐藤さんのお気に入りの作家の一人ですよね。


「書の未来展」伊藤忠青山アートスクエア(東京)2017

――以前、山本さんは「ダメだと言われつづけているのに自信なんて持てなかった」とおっしゃってました。ご自身も20歳で「自分は書家だ」と宣言して以来、ウナックトウキョウでの個展まで26年かかっています。
まだ日の目を見てない時代、見るかどうかも分からない時代に、制作以外で作家としてふだんからやっておくべきこと、などがあればお聞かせください。

(山本)アーティストとして準備しておくことは、ただ一つだと思います。それは毎日作品のことを考えて考え尽くすことです。そしてその時々でほんとに自分が作りたいものをただ作るだけ。これしかないんじゃないでしょうか。

――山本さんは以前、漫画を読んでいても途中で作品のアイデアが浮かんでしまい、漫画が読み進まないとおっしゃってましたね(笑)

(山本)はい(笑)そうなんですよ。
漫画って人が作ったものだから、そこに刺激されてしまったら、すぐ本を閉じて考えます。美術館に行っても途中で全く関係のないメモを取ったり。


山本尚志個展「ドアと光と音とガラスと水」gallery feel art zero(名古屋)
10月7日-22日まで開催予定(作家在廊日10月7日、8日)

参考リンク  gallery feel art zero(Facebookページ)

(山本)ごめんなさい、その上で大事なことがもう一つありました。自分に対してものすごく厳しくなることですね。自分に甘くして良いことが一つもありません。そしていろんな人に出会って、作品をどんどん見てもらうことです。そこで出てくるどんなダメ出しにも、自分をさらすこと。

――なかなか恐ろしいことですね。特に始めたばかりの頃は、厳しい意見を受けるとアート自体をやめたくなってしまうかも。

(山本)その人の意見も、自分に対するのと同様に、厳しい目で判断し、自分にとって本当に有効なアドバイスなのか、それとも自分には合わないアドバイスなのか、見極めることです。

――なるほど。自分にダメ出ししてくる相手のことを、逆に審査している気持ちで見るんですね。

(山本)ぼくのところにも毎日自分の作品を見て欲しいというメッセージをいただきます。そしてぼくはその全てに目を通します。そして自分の責任において、正直なことを言います。これはアドバイスというよりも、ただの感想ですが。

――感想ですか?自分よりキャリアも実績もある作家に意見を求めると、本人の作品から逸れていきませんか?つまりは山本さんが良いと思う作品に寄ってくるというか。

(山本)こうした方がいい、ああした方がいいとは、可能な限り言いません。これは海上さんから伝授してもらった指導法です。そのアーティストを本気で伸ばしたいなら、断じて作品に介入するべきではないという考えですね。ただひたすらに感想だけを言い続けること。これをぼくは常に実行しています。

――私自身、海上さんに「ダメ。パターン的になってつまらない」と言われたことがあります。2013年の初個展の前ですが。でも「じゃあどうしたらいいか」は教えてくれなかった。そこが作家の仕事、ということですね。

(山本)あらゆる人に見てもらい続けるとどうなるのか。最終的には誰も作品に対して、何も言えなくなります。つまり、自分の作品のけなすところがなくなるのです。アドバイスを受け続けるとは、このような効果があります。

――同時に、思い違いをされている場合には「いえいえ違いますよ」と冷静に話ができますね。

(山本)はい。そういうやりとりを全てはねつけて、自分だけの世界に埋没してしまうと、きっとこうはならなかったでしょう。誰からも何も言われなくなること、それはその人の作品が完成に近づいていることを意味していたのだと思います。

――ふだん作品を見慣れている美術関係者ですら、ダメなところが見つけられなくなるということですね。彼らは他のアーティストとも比べて見ているはずなので、並べても見劣りしない、対等に戦えるレベルになっていると。


山本尚志個展「マシーン」ウナックトウキョウ(東京)2015

(山本)2015年、ダメ出しをもらい続けた海上さんに、最終的にウナックでの個展の許可をもらい、さらにその個展の1ヶ月後に佐藤辰美さんからもお電話を頂いた。これは単なる偶然の連続とは思えません。機が熟したのだと思います。

――なるほど。自分の作品を厳しい目に「晒す」上でふだんからできることはありますか?

(山本)今はSNSのおかげで、誰からも自分の作品が見えやすくなりましたよね。こうした努力を続けていれば、必ず評価は下ります。

――そうですね。実際、山本さんの周囲の書家さんたちは、毎日のように新作やエスキース、作品への思いをアップしている。そういう姿を見ていると、自分もぼんやりはしていられないし、少しでも彼らの作品を広げるお手伝いができたら、と思ってしまいます。

(山本)オープンマインドにして、アドバイスを受け続けること。そして、誰からも文句が出なくなるまでやることが大切なのではないでしょうか。

――今回も長い時間、ありがとうございました!
「書家の強みと日ごろ意識すべき具体的なトレーニング」をテーマにしたインタビュー第2回、前後編の2部構成で終えるつもりだったのですが、インタビューが超・白熱!今回は中編ということで、さらに後編につづきます。後編では「書家の強みや改善点、山本作品は世界のアートマーケットで取り扱われる可能性があるのか」をご紹介します!
後編はこちらからどうぞ!

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山本 尚志(Hisashi YAMAMOTO)プロフィール/書家

1969年広島市生まれ。幼い頃に左利きを右利きに直すために習字塾に通ったことをきっかけに書道の世界へ。
東京学芸大学の書道科在籍中に井上有一の作品に出会い、20歳の時に自室で自身は「書家」であると宣言。また同年、ウナックトウキョウで井上有一の「夢」を80万円で購入。同ギャラリーで有一のカタログレゾネ制作に携わる。
2015年にウナックサロンで初個展「マシーン」を開催、2016年にユミコチバアソシエイツ(東京)で個展「flying saucer」、2017年に個展「Speech balloon」をギャラリーNOW(富山)、個展「バッジとタオルと段ボール」をビームスのBギャラリー(東京)で開催。 米国のアート雑誌「Art News」でも世界のトップコレクター200として何度も紹介されている現代美術コレクター、佐藤辰美氏。氏が社長を務める大和プレス編集により、2016年には作品集「フネ」(YKGパブリッシング)を発表。

参考リンク  KEGON GALLERY 山本 尚志(Yumiko Chiba Associates)


みじんこは、日本の書道に注目しています!ヽ(=´▽`=)ノ

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みじんくん と みじこちゃん

「歴史を間近に見るよっ」
「おもしろいよっ!」

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