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書家・山本尚志氏へのインタビュー「第2回/書家の強みと日ごろ意識すべき具体的なトレーニング(後編)」

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書家・山本尚志氏へのインタビュー「第2回/書家の強みと日ごろ意識すべき具体的なトレーニング(後編)」

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書家・山本尚志氏に現代アートについてのリアルな話をお伺いするインタビューシリーズ。
前中編に渡り、現代アート書道をつくる上で必要なことや、コレクターの試験内容、書道の未来などをお聞きしました。後編では「書家の強みや改善点」や「山本作品が世界のアートマーケットで取り扱われる可能性があるのか」をお伺いしました!

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――現代アートの分野に分け入る際に、書家だからこそ「有利」と思えることはありますか?

(山本)ぼくから見て有利だなと感じたことは正直な話、ないんです。

――おお、いきなり(笑)

(山本)なぜかというと井上有一以降、新たな書道の動きというのは、ぼくが活動してきたこの四半世紀中にほとんど感じられなかったから。
有一のイミテーションのようなものや、あるいはそれとは全く違うような作風のものはありましたけれどもね。全体的に力不足でした。根本的に、現代アートのレベルに達しなかったということだと思います。具体的には、コレクターやギャラリストのお眼鏡に適わなかったということです。

――現在は新たな書道の動きが出てきているのでしょうか?

(山本)2004年から始まった「天作会」が一つの動きですね。これは井上有一に捧ぐ「書の解放」展と題されていて、井上有一に触発された作家たちが集まった展覧会です。それから今年、ユミコチバアソシエイツが主催した、3つの書道イベント「現代アート書道の世界」でしょう。本当に今年は現代アートにおける書道の元年とも言える年でしたね。


制作風景(山本尚志氏のアトリエの様子)

(山本)ぼくが34歳の時に、美術批評家の海上雅臣さんがお声をかけてくださって天作会が誕生しました。それにかつての井上有一のお弟子さんにあたる方や、仲間にあたる方が多数参加してくださったんです。最初の2回の会場は今の三鷹芸術文化センターではなく、目黒区美術館のギャラリーでした。第2回目以降はその方たちが結構抜けられて、我々若い人たちにバトンが回ってきた感じがします。
これまで天作会が全部で14年間の間に8回行われて、若いメンバーが徐々にではありましたが、経験値を貯めていったわけです。

参考リンク  美術批評家・海上雅臣プロフィール


「第8回天作会」三鷹市芸術文化センター(東京)2017

(山本)中国からは一了(イーリャオ)や呂子真(ルーツィーツェン)をはじめとした作家が、海を渡って何度も来てくれた。中国では「嵩山十方國際藝術小組」という、一了を中心とした芸術家グループまで誕生しています。彼らの中には、20歳そこそこの若者も大勢いて、集団生活を営んでいます。そこでは皆、ほぼ親元へは帰らず、毎日書画制作に取り組んでいるのです。
有一の影響から生まれた書家や画家が、日本と中国で着々と力をつけているように思います。


「第8回天作会」三鷹市芸術文化センター(東京)2017/題字は井上有一

(山本)そうした気運が高まっていき、2015年にはぼくの個展があって、大和プレスさんからお声がかかったんですね。
このことを振り返ってみたところ、ぼくは何も書家だからよかったんじゃないかということはあまり感じないんです。むしろ、書道という分野の中に面白い人材が育ってきたと、ようやく認識されたのではないかなと。そういう状況の中、たまたまぼくがコレクターやギャラリーに見つかって日の目を見た、そんなイメージですね。

――2004年の天作会の後、ご自身にとっての転機になったことはありますか?

(山本)具体的には天作会の後に、雑誌「ぴあ」の連載企画「日本住所不定」で、三代目魚武濱田成夫(さんだいめうおたけはまだしげお)さんが、ぼくの実家に2年間の間住み込むことが決まりました。そこから毎日芸術家同士の付き合いをしたのです。

参考リンク  日本住所不定―First Season(Amazon) 詩人三代目魚武濱田成夫 公式サイト

(山本)もちろんぼくは後輩でしたから、教わることの方が圧倒的に多かったのですが、そこで芸術家とはどのように生活をし、どのように自分で自分をマネージメントするか学びました。その時に一番大事だなと思ったのは、様々な分野の方と話をすることによって、自分の視野が広がるということでした。

――それまではあまり他の作家たちとの交流はなかったのでしょうか?

(山本)よく言われていたのは、書道界の人は、書道の話しかしないと。あんなにマイナーな分野なのに、自分たちの殻にだけ閉じこもっていて、他分野の人と交流をせず、見てもらう努力を怠っている。バンド活動をやっている人を見てごらんと。自分たちでチケットを売りさばいて、なんとか集客しようとしてるじゃないかと。

――ああ、見てもらう努力が足りないというのは、書家に限ったことではないかもしれません。アーティストはもともと、作品をつくった後、見てくれる人に「届ける」作業を重要視していないのかもしれないですね。キングコング西野さんなんかはよく「届ける導線までデザインするべき」とおっしゃってますが。

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(山本)書道をやってる人の人口は多いのかもしれないですが、一般に見てくれる人が全然少ない。自分の知り合いや仲間しか見てくれない展覧会をどれだけやっても意味がないし、第一展覧会の数が少な過ぎる。これでは作品の数も増えていかないのではないか?ということを聞いて、愕然とした思い出があります。

――そうですね、作家を一番育てるのは展覧会経験だと私は思っています。

(山本)広める努力というのは、仲間を増やす行為です。ところが、書道の人たちというのは、どうしても同じようなことをする身内だけに収まろうという動き方をしてしまう。また、上手いか下手かとかで、排他的な言動をする姿もよく見かけます。ぼくもそれがどうしても解せないんですよ。仲間を増やして、音楽の世界のように、様々なアーティストがそれぞれの音を奏でればいいじゃないですか。

――なるほど。石川九楊さんも糸井重里さんとの対談で「書を上手い下手で考えると、書が見えなくなる」とおっしゃってましたね。

合わせて読みたい  石川九楊×糸井重里対談(ほぼ日イトイ新聞)

(山本)古典派でも、前衛でも、ぼくのような現代アーティストでも、誰でもいい。お互いがお互いを理解しようと努めて、互いの良いところを認め合う。


制作風景(山本尚志氏のアトリエの様子)

(山本)ぼくはウナックトウキョウにアルバイトとして勤めた後、10年間東京を離れて地元広島で学習塾を経営してました。のんびりと行くあてのない自分のアトリエだけで創作活動をする自称アーティストの生活です。
一人はラクだけど、自分を客観視出来ない。自分が一番素晴らしいとか、あるいはその逆で、自分が一番ダメなんだとか、アタマの中では極端なイメージを持ってしまう。結局、何がしたいのか、どう動けばよいのかまで考えが及ばないまま、時が過ぎてしまいました。

――ユミコチバアソシエイツでデビューされるまで、発表の機会はあまりなかったのでしょうか。

(山本)2014年に年間5回の展覧会を行いました。それが、下北沢の下北アートスペースでの4回と、京都のJARFOでの1回です。とにかくこの年は見てもらう努力をしようと努めました。


山本尚志個展「タワー」下北アートスペース(東京)2014

(山本)そしてこの年から、といってもまだ3年前なんですけれども、作品の数が劇的に増加しました。やはり人に見てもらうということが、作品を向上させ、かつ、数を増やすということにつながるんだということがわかりました。

――展覧会というのは、家の床に作品を並べているのとは違い、展示空間全体をつくること。だから空間構成力も身に着きますよね。

(山本)その後、大和プレスの佐藤辰美さんにも「数のない質はない」と言われて、ああ、結局そういうことなのかと悟り、今も出来るだけ毎日アトリエに入るように努めています。この「たくさん作品点数を増やす」ということについて、書道の人たちは慣れていません。

――慣れていない?それはなぜですか。

(山本)同一モチーフで作品を制作した場合、例えば100枚書いたら、そのうちの1枚だけを残して後は全部捨ててしまうからなんですね。

――捨てちゃうんですか?もったいない(笑)

(山本)習字を思い出して欲しいのですが、たくさん書いた中から良いものを1枚だけ選び出して提出する、いわば「清書主義」みたいなものが感覚として残っているわけです。それは、お手本が存在することを表しています。

――確かに、学校で習字を習うと何枚か書いていいのだけを発表しますね。

(山本)現代アートにお手本が存在するわけはありません。そうした部分からも、従来型の書道がいかに現代アートとそぐわない性質を持っているかということがわかるわけです。それを打ち破り、1つのモチーフで様々なバリエーションの書作品を書いた井上有一の先見が、こんなところにも現れているのです。


新宿髙島屋美術画廊「現代アート書道の世界」での宮村弦(墨象家)とのトークショーの様子

――2017年1月にニューヨークのメトロポリタン美術館を訪れたら、井上有一の「寒山」がありました。2015年の香港オークションで有一の「花」が1000万円を超える金額で落札されたこともあり、有一作品の価格も急上昇してますね。

参考リンク  クリスティーズ香港春季オークション、「アジア20世紀及び現代美術」が2日で51のアーティストのレコードを更新

――井上有一が売れたとしても、それは有一個人の話。それによって他の書道作品が売れるなんていうことはあるんでしょうか?

(山本)あるオークション会社の方に直接言われたのですが、「井上有一作品は高くて手が出せないが、山本さんの作品なら手が出せる。そっちを選ぶ人は必ずいる」と。有一がもう手の出ない値段になり、それと同様の価値を持つものがないかと、普通なら探しますよね。
たとえば、棟方志功の書や、須田剋太(すだこくた)など。比田井南谷(ひだいなんこく)さんも、きっとそうなるかなと。

参考リンク  棟方志功記念館 須田剋太(Wikipedia) 比田井南谷オフィシャルサイト

(山本)しかし、ここまで実際に活動してみて、ぼくにはまだまだ知名度が足りないわけです。それに「書道が現代アート?」という、違和感も当然のようにある。
先日、小山登美夫ギャラリーでたまたま小山さんご本人にご挨拶できた際、「書道の作品をいったいどうやって売り出すんだろう?」と、不思議な顔をされました。
そういうことからも、むしろ書道がハンディキャップを背負っているところのほうが強い感じがします。

――ただ、盛り上がってきている、そういう流れも感じていると。


山本尚志個展「Speech balloon」ギャラリーNOW(富山)2017

――世界に「書」が評価されていくために、作家一人一人ができることはないのでしょうか。

(山本)それはやはり毎日努力をすること、考えること、ですね。「どうしたら現代アートの世界で書がしっかりとした一つの分野として認知されるか」ということを、です。そうした作品を作っていくことを日々、心がけています。
そしてそれは、何も現代アートの傾向に沿って流行の作品を作るということではありません。あくまで自分たちなりの工夫で、現代に響くモチーフをいかにして見つけ、書いていくのか?そこだと思います。

――いわゆる書家でない方で、そのような書表現をしている人はいるのでしょうか。つまり、現代に響くモチーフを発表している方は。

(山本)一昨年でしたか、美術家の会田誠さん一家が現政権批判とも取れる「のぼり」を筆文字で書いて、途中撤去要請があったニュースがありました。内容はともかく、あれは書表現としてまっとうだなとぼくは思いました。会田さん一家が言わずにおれないことを、ただ書いた訳ですからね。井上有一の「噫横川国民学校」にしても、一種の政治批判ですし。ぼくの作品には、現段階ではそうした社会派的なものはありませんが。

参考リンク  撤去要請! 会田誠の“反文科省”“反安倍”アートを見に東京都現代美術館にいってみたら…

(山本)会田さんは、他にも書道を揶揄するような作品を何点か作っておられて、我々のこともよく見ておられるなと思います。そうした、会田作品を除けば、書道の作品って本当に、今の現代アートの世界にはどこにもないんです。
だからある意味これは、「ブルーオーシャン」だと言えるのではないかなと思ってますね。つまり、目の前に誰もいない状態。それこそがチャンスだと思っています。

――ブルーオーシャンであり、前人未到。初めて人類が火星に到着するか、みたいな感じですね。

(山本)現役の書家が参画した前例がほとんどないこの世界で、どこまで自分がやれるのかを試してみたいというのが一番、思いとしては強いですね。


山本尚志による宮島焼の作品「工場」2016

――最後に、山本さんの書が井上有一のように、世界のアートマーケットで扱われる可能性があるのかをお聞かせください。

(山本)作品の質の問題ですよね。ぼくの作品が素晴らしいと思われれば、そうなるかもしれませんが、書道の場合、一瞬で書いたものの中に、結果的に何が含まれていたのか?という芸術だと思うんです。ですから、作品が生まれるまでのヒストリーとか、経緯や経験がとてもとても大切なのです。


山本尚志「2004-2016作品集 フネ」(大和プレス編)の制作打ち合わせの様子

(山本)もちろん、人間は今も生きていて、その経験を積んでいます。絶望することなく、継続してやること。これが一番大切なことなのではないかなと。
佐藤氏も「作家は一日で変わる」と口癖のように言っています。また、年齢も関係ないとおっしゃっています。ですので、ぼくもあきらめないでやるつもりです。

――ありがとうございました! 「書家の強みと日ごろ意識すべき具体的なトレーニング」をテーマにしたインタビュー第2回、いかがだったでしょうか?第3回は「現代アートとしての書道作品の味わい方」を山本さんの作品を題材に丁寧に見ていきたいと思います。
書道になじみがなく、現代アートにも詳しいわけではない。そんな状態でも「なんとなく分かる」「作品の良さが分かって楽しくなる」ためのコツをご紹介していきます。 次回もお楽しみに!

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山本 尚志(Hisashi YAMAMOTO)プロフィール/書家

1969年広島市生まれ。幼い頃に左利きを右利きに直すために習字塾に通ったことをきっかけに書道の世界へ。
東京学芸大学の書道科在籍中に井上有一の作品に出会い、20歳の時に自室で自身は「書家」であると宣言。また同年、ウナックトウキョウで井上有一の「夢」を80万円で購入。同ギャラリーで有一のカタログレゾネ制作に携わる。
2015年にウナックサロンで初個展「マシーン」を開催、2016年にユミコチバアソシエイツ(東京)で個展「flying saucer」、2017年に個展「Speech balloon」をギャラリーNOW(富山)、個展「バッジとタオルと段ボール」をビームスのBギャラリー(東京)で開催。 米国のアート雑誌「Art News」でも世界のトップコレクター200として何度も紹介されている現代美術コレクター、佐藤辰美氏。氏が社長を務める大和プレス編集により、2016年には作品集「フネ」(YKGパブリッシング)を発表。

参考リンク  KEGON GALLERY 山本 尚志(Yumiko Chiba Associates)


みじんこは、日本発のアートに注目しています!ヽ(=´▽`=)ノ

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