:::: MENU ::::

人狼ジャッジメントをプレイすることで現代アーティストに必要なクリエイティブな思考力は鍛えられ「ない」というイキリ考察してみた

みじんこアート, みじんこ体験, みじん講義

人狼ジャッジメントをプレイすることで現代アーティストに必要なクリエイティブな思考力は鍛えられ「ない」というイキリ考察してみた

こんにちは、「現代アーティストが「人狼ジャッジメント」をプレイして暴言に心折れてアンインストールするまでに学んだこと」こちらの記事で分かる通り、オンラインの人狼ゲームにハマってたけどゲームから萎え落ちした現代アーティスト、Ouma(オーマ)です。
人狼にしろ推理小説にしろ、頭脳系エンターテイメントなので、思考力が鍛えられるんじゃないかと思っている人、やりつづけることで違いに気づく感性が育つのでは、と思ってる人→颯爽と勘違い人生の道を歩んじゃってますね乙。
人狼ゲームであまりうまくならなかったうちに萎え落ちアンインストールした恨みをブログ記事でぶつけてるんじゃ、、と思った人→ち、ちがうもん。。
今回の記事も人狼ジャッジメントをプレイしたことがある人だと微妙に分かるような表現を取り入れています。大して重要でもないので、分からない人はスルーしてください。

スポンサードリンク

なぜ思考力が鍛えられないのか

記事タイトル通りですが、対抗いないので280待たずに結果CO(カミングアウト)。人狼ジャッジメントをプレイし続けていても、クリエイティブな思考力は鍛えられ「ない」です。
理由書きます。

参考リンク  人狼ジャッジメント(App Store)

オンラインでやる人狼ゲームは、パターンを覚えると勝率が上がってくるので、基本的には暗記物のテスト科目と同じなんですね。黒側だったらこういう発言をする、こういう態度を取るはず、を覚えれば覚えるほど人狼を当てられる可能性が上がってくる。簡単にいうと、うまい人たちがやっていることをとりあえずコピーして自分の中にためていくだけで、かなり立ち回れるようになる。テストと違うのは、チーム戦なので単純に自分のスキルだけが上がっていても、仲間との連携がうまくいかなければ勝てない(テストで言えば点が取れない)ということ。同時にそこが脳の大好きな不確実性となって、よりハマる展開になるのかなと。みんなと一緒に勝てる喜びってあるしね。

さて、ゲームプレイで思考力鍛えられるよ!と言ってくる人は、「クリエイティブな」思考力と言及していることにお気づきでしょうか。
プレイすることでうまい人の立ち回りややり方を真似して考察していくことは、実のところ模範解答を基に答え合わせしているだけなんですよね。じゃあ、新戦術を生み出すのはクリエイティブ?それも違います。
私が考えるクリエイティブな思考力とは、そもそも「人狼ゲーム」という枠組みを思いつくような発想力のことです。いかに新しい戦術を考えたところで、結局、人狼ゲームという枠組みの中では「自分のチームが勝つ」という明確な目的が最初から決められている。クリエイティブな思考は、自分で目的を設定することが起点です。ビジネス用語的にいうなら「問題」と置き換えてもいいかもしれない。目の前になんかしらの課題があり、それを解消するためにウルトラCの発想をかます必要がある、そこが起点。
なぜか。

まず、誰かが設定した目的の中で思考しているということは、その目的外のことに盲目になってしまいがちです。「勝つ」ということだけが目的だった場合、相手に暴言を吐きまくってまともに考えられないようにする、2端末使用や友人と結託してチートする、とかも目的に沿ってることになります。ちょうどワールドカップの際に、日本代表が時間稼ぎプレーをしたことが、フェアプレーなのかどうかで議論になっていましたね。それが良いか悪いかの議論はここではなしで。戦術含め「勝つ」という「他者」に与えられた目的を達成するための発想はクリエイティブなのか、という話です。
ゲームプレイすることで感性が鍛えられて人の気持ちに敏感になるかと思いきやそんなこともなく。戦犯位置になって落ち込んでいる人がいても「どんまい!」程度でスルーして次のゲームにあっさりいく(=他の人の心の機微に気づかない、気づいていても気にしない)。自分のせいで負けたと思いたくないので、責任を誰か別の人に転嫁する。
結局のところ、本人が「勝つ」という目的以外に意識的に目を向けない限り、ゲームをやったからといって頭が良くなるわけでも日常で何か役に立つわけでもないのです。(そりゃそーだ)
ゲームプレイする人全員の目的は「楽しみたい」だと思うのですが、楽しみ方って人それぞれですよね。誰かの妨害をすることが楽しいという人もいるだろうし、初心者狩りして楽しむ人もいる。そんな中、分かりやすくみんなに共通する目的は「勝つ」しかない。

参考リンク  W杯初!日本は「フェアプレー」に救われた

課題設定がクリエイティブ思考に必要なのはなぜか

クリエイティブ思考うんぬんを語る前に、クリエイティブとは何かについて定義する必要がありますね。私はこれを「革新的なアイデアにより、多くの人に幸福をもたらし、他の人でも使えること」と定義します。単に斬新なアイデアが創造性であるというのではなく、多くの人の幸福に寄与すると注釈をつけるには理由があります。たとえば、無差別テロなどの破壊的行為、核兵器の使用など。これまでになかったこと(=革新性)のみをクリエイティブの定義に入れてしまえば、そのような破壊的行為すらクリエイティブの範疇に入ってしまいます。なので、ヒトとして「クリエイティブとは多くの人の幸福に寄与するもの」と定義「すべき」だということ。
クリエイティブ(創造性)という言葉には、ポジティブな響きがありますよね。実のところ、地球の立場から立ってみれば、あらゆる活動はクリエイティブといえます。ですが、人間として、ヒトが生み出すものは多くの人の幸福に行き渡らせるものであると定義したい、そういうこと。
他の人でも使えること、と定義したのは、たとえばスポーツ選手の素晴らしい技をみんながやれるのかといったらそんなことないですよね。でも、スマホって中身なんだか全然わからないけど、とりあえず使えますよね。それは多くの人の幸福に時代を超えて寄与するということです。

この定義を基に考えると、「問題」を解決することにより、「問題」を抱えている人たちの幸福に貢献できることになります。ゲームの勝敗というのは「問題」ではありません。たとえ負けてもうまい人の動きとか見られるのは楽しいしね。しかし、おもしろいものを創りたい、というのは、一つの課題だと言えます。なぜなら、本人が満足できるほどおもしろいものがこの世にないということだから。もしも新しく人狼ゲームに匹敵するようなゲームが生み出されたとしたら、人々の潜在的な欲求を満たすことができるはず。
将棋の由来などを考えてもおもしろいですね。西洋にはチェスがありますが、中国には中国将棋(シャンチー)があり、日本には日本の将棋がある。韓国にはチャンギという韓国将棋がある。西洋は「チェス」という一種類のゲームのみなのに、日本・韓国・中国はこれだけ近い立地にあるにも関わらず、それぞれ別の将棋があることも興味深い。時代を超え、多くの人の楽しみに寄与しているクリエイティブの好例ですよね。

参考リンク  日本将棋の歴史(日本将棋連盟)

ゲームがうまいことに意味はあるのか?

とりあえず、もしも本気で人狼ジャッジメントをプレイし続ければ、あるいはうまくなればイコール思考力が鍛えられていると思っているなら、だいぶ終わってます(←イキリ考察)。人狼ゲームがうまかったところで、言えることは「人狼ゲームで勝つコツ」を知っている程度なんですよ。暗記テストが得意な人が自分で思考力ある~と思っちゃってるとしたら、だいぶ終わってると思いませんか?(←イキリ考察2回目)そもそもサービス終了されたらそのスキルは全く使えなくなってしまいますし。ちょっと他の人狼系ゲームもやってみたのですが、同じ人狼ゲームカテゴリでも、ゲームが違うと戦い方がぜんぜん違うんですよね。基本的な用語とかは同じなんですが、こうすると疑われやすい、みたいな共通認識がゲームごとに違う。ということはつまり、そのゲームが得意というのは単に「そのゲーム内」という狭い世界でしか使えない知識・技術だということ。
じゃあゲームプレイしている時間は無駄なのか?
もちろん、そんなことはないです!ゲームで学んだことをゲーム外でも使えないのかと考え、転用することではじめてゲームで学んだことが活きてくるのです。

他の人の状況を想像できるようになる

人狼ゲームで得られる一番大きなことは「他者目線に気づく」ことです。戦ってる最中は「村人」が一番情報がない状態。占い師は対抗が出れば相手が必ず偽だと分かるし、狂人なら逆に相手が必ず真だとわかる。墓場(ゲーム内で死んだ状態)で他の人の役職も知った状態でゲームを見てる状態や、ゲーム後で結果が分かった状態と、プレッシャーのかかってるゲーム中に考えられることは違います。
そう分かっていてもつい、相手目線でどう見えてるのかを「想像」することを忘れて、私は分かってたけどね!みたいな言い方しちゃうんですよね。うまいプレイヤーは他の人の目線を考慮して話ができます。周りから自分がどう見えているかを考慮しながら、チーム全体が勝てるように発言していけるんですよね。
この他者目線というのは、日常ではもっと複雑になりますが、こうして周りから自分がどう見えているかって考える機会、他者の状況を想像する機会は、ふだんあんまりないと思うんですよね。だってまぁ、どうでもいいからw やってるように見えてだいたいは自分の意見の押しつけになってる。
でも、ちょっと考慮できるようになったら、その人のその時の状況を考慮した優しい対応ができるかもしれない。人は一秒ごとに別人になるから、昨日のあの人が今も同じだと考えずに新しい人として接することができる。(人狼ゲーム風に言うと思考ロックしない)
ゲームに限らず、何か自分が夢中になったことを、別のフィールドで生かす。たとえば、私の場合は獣医時代に「細胞」にハマっていたことが、現在の作風になっています。そんな風に考えると、「ああーー、今日も一日ゲームだけやって過ごしてしまったー!なんて自分はダメなんだー!」と自己嫌悪に陥ることもなくなるかと。だって、そこで学んだことが、他でもちゃんと使えてるんだから。

クリエイティブ思考に変える

さて、クリエイティブな思考かどうかの起点は「課題解決」にあると言いました。人狼ゲームは「勝つこと」という目的が決められています。誰かに決められた目的の下にあると、目的が達成できなかった時、つまり負けてしまった時に、他の人に責任転嫁したり文句を言ったりしたくなる。じゃあ、自分で目的を決めたらどうなのか。
「人狼ゲームをみんなで楽しむこと」「プレイのコツを発信すること」「初心者さんを育てること」
自分の目的を決めることで、他者の目的に振り回されない行動を起こせますよね。みんなで楽しむが目的なら、終わった後にねぎらいの声をかけるかもしれない。新しい人を育てることが目的なら、初心者さんが「楽しかった、またやりたい!」と言ってくれれば満足かもしれない。
世界にはすでに、無数の誰かが決めたルールがあります。信号を守るとか税金を払うとか人間が決めたルールだけでなく、重力があるから浮いていられないとかも自分では決められないルールの一つ。そういうルールまみれの世界の中で、自分なりのルール(課題設定)をして生きることが、クリエイティブの第一歩だと思います^^。GG。

合わせて読みたい  現代アーティストが「人狼ジャッジメント」をプレイして暴言に心折れてアンインストールするまでに学んだこと


みじんこは、人狼役が苦手です!ヽ(=´▽`=)ノ

みじんくん と みじこちゃん

「すぐばれるよっ。」
「吊られるよー」

mijinconbi