みじんこOumaは以前、地球の歩き方の東アフリカ編、モンゴル編の取材に携わっていました。私をアフリカ・タンザニアに送り込んだ張本人、地球の歩き方編集プロダクションの社長、川田秀文氏の開催する「歩き方ハウス交流会(ウズベキスタン編)」に参加し、川田さんの旅観とウズベキスタン帰国直後のお話しなどを伺ってきました!
今日はウズベキスタン特集と、地球の歩き方取材者の心得を徹底TALK!
川田氏の担当する地球の歩き方取材地域とは?
地球の歩き方には多くの取材地域がありますが、そのすべてを1つの編集プロダクションが取材し、記事を書いているわけではありません。複数の編集プロダクションがそれぞれの地域を版元のダイヤモンドビック社と相談しながら書いているんですね。川田氏が担当している地域は台湾、東アフリカ(タンザニア・ケニア・ルワンダ・エチオピア・ウガンダ)、ロシア、中央アジア(ウズベキスタン・キルギス・タジキスタン・トルクメニスタン・カザフスタン)、モンゴル、ベラルーシ、ウクライナ、グルジア、モルドバ、アゼルバイジャン、アルメニア、バルト3国(エストニア・リトアニア・ラドビア)です。
運命の出会いが生まれた中国時代
川田氏が地球の歩き方と出会ったのは、中国留学時代だという。中国広州にてダイヤモンドビックの編集者と運命的な出会いを果たし、中国北京の執筆に携わったのがきっかけだった。その後、東アフリカ編は創刊から作成に関わり、それから30年以上、69歳になった今も、自身で自らアフリカに訪れ単独取材を行うほど、精力的に取材を続けている。
急激にインフレが進むウズベキスタン
ウズベキスタンでは急激なインフレのため、ちょっとした移動でも大量の札束を持ち歩く必要があるのだといって、札束の写真を見せてくれた川田氏。アフリカでは停電のためにろうそくやライターなどが必携だったが、ウズベキスタンでは札束を持ち歩く袋が必須アイテムだよ、と笑いながら語ってくれた。
観光地としてオススメなのはアラル海。温暖化のなれの果てのアラル海は現在、『船の墓場』と呼ばれるほどの状態になっている。1940年代に始まったソビエト連邦の「自然改造計画」によって、アラル海は綿花栽培のための大規模な灌漑地域となった。その結果として1960年以降、アラル海の面積は急激に縮小。面積縮小に伴いアラル海の塩分濃度は徐々に上昇し、2000年には塩分に強いカレイですら死滅するほどになり、アラル海での漁業は完全に不能となった。アラル海周辺の生物は多くが死滅し、多くの住民が他地域に移住していった。人的要因による湖の縮小とそれに伴う環境の激変は『20世紀最大の環境破壊』とも言われている。
✓ 関連リンク アラル海Wikipedia
お客さんと一緒に食べるナムと食事のマナー
ウズベキスタンの一般的な家庭にお客さんが来た時、必ず出すと言われているのがこのナム(パンの一種)。出された客はこちらをちぎって食するのがマナーだという。ナムは町によって味が違うようだが、サマルカンドのナムが香料が効いて一番美味しいと川田氏は言う。宝石のようにナムの上に置かれているのは砂糖とはちみつの固まり。見た目は鉱石のようで非常に美しい。こちらは手で割るようにして必要な量を紅茶に入れて飲む。紅茶がやわらかくなってこれがまた美味しい。他に羊を使った料理などが一般的。
旅人のたどる道を自ら歩く「地球の歩き方」取材の仕事
私が初めて地球の歩き方東アフリカ編の取材をさせてもらった時、私はアフリカはおろか取材の経験すら全くない状態だった。オーストラリアにワーキングホリデーで9ヶ月滞在していたことがあったとはいえ、海外経験的にはまだ4回め。取材についても海外についても、素人そのものだった。歩き方の取材の打ち合わせは基本的に現地で行われる。事前にルートの打ち合わせはあるが、途上国を多く担当している川田氏の編集プロダクションでは、予期せぬ出来事のために取材が予定通りにいかないことも多い。そこで、現地で落ち合ってから、その時の最新情報と他の取材者たちの動向などを考慮に入れ、取材地域と交通手段などについて打ち合わせることになる。
よく驚かれるのは、「地球の歩き方は通訳やガードがついて、チャーターされた車でまわるのかと思っていた」ということ。少なくとも川田氏の担当する地域ではそのようなことはなく、基本的にはすべて公共の交通機関を用いて取材地域を巡っていく。これは、所要時間や道路の状態などを正確に記載するためである。途中でトイレ休憩があるのか、食事する場所に立ち寄るのか、座席の状態や安全面など、本には記載されていないが、取材者は自ら旅する人の気持ちに立って記事を書いているのだ。
私が初めてのタンザニア取材に出立する前夜、アルーシャという町のメルーインというゲストハウスで川田氏に言われたことは今でも心に残っている。
「もしも詐欺行為などをする業者やホテルなどがあれば、それが問題行為であることを必ず伝えてきてください」
正確に言うと、「脅すくらいのつもりで注意してこい」と言われた。言われた時は実感がなかったが、この言葉の意味を取材が進むにつれ、私は知ることになる。タンザニアは日本から比べると物質的には貧しい国だ。敗れた服を着た子どもやモノ乞いの姿は非常によく見かけるし、町にはいろんな国の言葉が書かれた車が人をいっぱいに乗せて走っている。(そもそも人がいっぱいにならない限り、公共のバス(ダラダラ)は出発しない)。豊かな観光資源があり、大金が落ちるところには、詐欺行為を働く人もいる。特にキリマンジャロ登山の起点であるモシ。ヨーロッパからも多くの観光客が訪れるザンジバル。当時、中級ホテルの月収が75000Tsh(タンザニア・シリング)だと聞いた。タンザニアもインフレが進んでいるが、当時は10000Tshで500円ほどだった。年収の概算は45000円。ところがキリマンジャロの登山はだいたい10万円ほど。たった1週間で年収以上の収入が手に入ってしまう現状に、先払いされたツアー費用を持って逃げるような詐欺行為も後を立たない。観光業は「安全性」が担保されることで発展する。危険だと感じる国にわざわざ行かなくても、安全に楽しめる地域は無数にある。安全・快適に行ける場所がある中、この土地を選んでもらい、さらに口コミしてもらい、リピートしてもらう。そのためには「安全性」が必要不可欠のこと。だが、それを教える人が誰もいないのだ。お金欲しさに詐欺をする、みんながそれをやっている。そんな状況の中で、「詐欺はダメだよ」と優しく言っても伝わらない。「脅すほどに」という表現を使った川田氏の言葉の背景には、安全性が観光業を育て、それによって地域全体に見返りが戻ってきて、みなが豊かになる、そういう長期的な視点を現地の人に真摯に伝えて来て欲しいという思いがあった。
「豊かさ」の定義はさまざまだろうが、私はそれを「選択できる範囲が増えること、自分がやりたいと感じたことを今すぐ実行できること」と定義する。アフリカを訪れることができ、体験によって「知る」ことができた私は、同時に「知って学んだことを伝えていきたい」、そう思う。
ちなみに、メルーインのカレーライスは本当に美味しい。たかがカレーだが、5週間の旅を終え、最後は病院に行くほどに疲れきっていた自分にとって、普通のカレーの美味しさは格別だった。
若者たちへのメッセージ
最後に、日本の若者たちへのメッセージを伺ってきた。
「異文化・異なる価値観を知り、ぜひ覚醒してください」
1年のうち、3~4ヶ月を海外で過ごすという川田氏にとって、旅はすでに日常。それ自体が生活の一部になっているため、今はもう楽しいも辛いもないのだという。そんな川田氏が行ってみたいのは「奈良」と「南極」だそうだ。南極は国がない地域。そんなところで暮らす人々の意識を知りたいのだという。70歳を前にして益々、好奇心旺盛な川田氏の精力的な活動の源を見せられたようだ。
✓ 関連リンク 川田秀文氏/「地球の歩き方」と歩く海外旅行自由化50年
過酷な取材でしたが、私に何かあれば責任を取らないといけない身であった川田氏にとっては、心配の種はつきなかったと思います。それでも送り出してくれたことで、多くを学ぶことができました。改めて地球の歩き方と川田さんに、感謝を申し上げます。
みじんこは、みんなのFun!をすくすく育てる体験を実行します!ヽ(=´▽`=)ノ