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素晴らしい創作物が与える社会への影響について考える

  • 7月 03 / 2020
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素晴らしい創作物が与える社会への影響について考える

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大人気作品が社会全体に与える影響ってとても大きいですよね。ゲームでもマンガでも音楽でも。今日はちょっと、作品が社会に与えるイメージについて考えてみました。

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坂本龍馬って日本ではとても有名で人気がある人物なんですが、実はそれほどすごくなかったという話を聞いたことがあります。すごかったのは坂本龍馬ではなく、歴史小説家・司馬遼太郎のフカシだったと。
本当かどうかは分からないですが、私は司馬遼太郎さんの小説も大好きで、読んだ時に「見てきたみたい!」って思うほど臨場感がありまくってすごかったので、司馬遼太郎作品で描かれた坂本龍馬のイメージが、そのまま一般のイメージになってると言われたらなんとなく納得です。

創作されたイメージに影響されてないか

坂本龍馬にすごいイメージがついてもつかなくても、日常生活にあんまり支障が出ないと思うので、それはそれで別にいいなって思うんですけど、日常に影響するイメージづけってありますよね。

たとえば
・政治家の汚職
・超大金持ちの人間を使った遊び
・絶対ミスをしないロボットのように正確な天才医師

とか、割といろんな創作物で見かけませんか?
なんかもう、定番みたいな感じで、政治の裏に汚いカネ、大金持ちがつくった人間ゲーム施設、絶対ミスをしない医師が大活躍、みたいな話あちこちにありませんか。

自分も物語をつくる時に、あんまり考えずに「お金持ちのゲームだったことにしよ」みたいにしちゃいがちなんですが、これ、冷静に考えると、
・政治家は金に汚い
・超大金持ちは非人道的
・ミスをしない医師が良い

みたいなイメージづけになってしまってないかなぁと思ったんですね。

現実世界では、その業界にはいろんな人がいる、のが正解ですよね。でもなんか、創作の世界で繰り返しよく見かけるので、政治家って「全員」お金に汚そうな感じしちゃうし、超大金持ちは「全員」非人道的なヤバイゲームやってそうな感じしちゃうし、良い医者は「全く」ミスしない気がしてしまいます。
私はもともと臨床獣医師をやってた人なんですが、臨床獣医師は自殺率がとても高い職業だったりします。これはたぶん、20年くらいずっと変わってないんじゃないかなーと。

合わせて読まれたい  獣医の自殺が増えている動物病院を抜本的に考え直すサービス | TechCrunch Japan

臨床はとてもキツイ仕事なので(いつも血まみれ尿まみれ糞まみれで休みがほとんどなく、常に命を扱うプレッシャーがあり、医者なんだから尽くして当然と思われている)、3~6年くらいで辞める人も多いです。

一人前に育った中堅獣医師が辞めてしまうと、業界全体の質が下がってしまい、必要な人が医療サービスを受けられなくなってしまうので、本当はあんまりよくないと私は思っています。つづけたい人が少しずつでもつづけられるシステムがあったほうがいいよなーって思いますが、なかなか難しいのは、医療って「医師との信頼関係」がとても大事なので、病院に行くたびに担当医が変わってると、ご家族が落ち着かないケースもあるかなと思うからですね。それでも、個人に負担がかかりすぎないよう、システムとして負担を分散する必要はあると思っています(医療に限らずね)。
なんとなく、自分がこれまで読んだ医療マンガや医療ドラマを思い返してみると、医者はだいたいみんな天才なんですよね。天才が天才と戦ってたり、寝る間も惜しんで研鑽を積む超人に描かれています。絶対ミスしないとかもありますね。

でも、実際のお医者さんって、もっと普通だと思うんですよ。仕事への情熱はもちろんありますが、趣味も楽しみたいし、ダラダラもしたいですよね。

たまに、ミスをしたプレッシャーでかなりできるお医者さんがあっさり仕事を辞めちゃうとか休んじゃうみたいなことが、美談のように語られてる物語を見ることがあって、私はとても胸が痛むのです。ミスした医療関係者個人を追い込まないかなって思うからです。
仕事でミスすることは誰でもあって、それはどの業界でも同じですよね。失敗を恐れずチャレンジしよう!なんて言葉がよく聞く時代になりましたが、医療と交通はそうはいかないです。失敗を恐れず手術とかやめて欲しいし、そんなトライはありえません。

でも、考えるべきは「どうしたらミスが起きない状況、システムをつくれるか」で、ミスした個人を追い込むことではないと思うんですよね。(わざわざ追い込まなくても、医者に限らずミスした人はとても辛いと思うんですよ)
私たちが受けられる医療全体を資源と考えた時、育った人材が一度の失敗でいなくなってしまうというのは、資源を減らしてしまうことになります。それは、実は自分たちにとってもマイナスなんですよね。ミスで落ち込むような誠実なお医者さんを失ってしまうわけですから。

物語ってフィクションなんですが、いつの間にかいろんな職業に対して、私たちは特定のイメージづけをされてしまい、そのイメージを無意識のうちにその職業に押し付けてないかなーって思ったのです。

先生なのに、警察なのに、お医者さんなのに、公務員なのに。

そのイメージのおかげで助かるところもあるけど、それがその職業で生きる人たちの日常へのプレッシャーになってしまうこともあるんじゃないかなと。

私自身は、どの職業もいろんな人がいたほうがいいなって思うんです。たとえば学校の先生も、いろんな先生がいれば、ある先生には合わない生徒が変わった先生に合うみたいなことがあるかもしれませんし。クラスに絶対、LGBTQの子はいるはずなのに、そういえばLGBTQの先生ってこれまで一人も出会いませんでしたし(今はいるんですかね?)。学校に何人かいてくれたら、親に相談できずに悩んでた子の救いになってくれるかもしれません。

創作物をつくる時、天才ってとても引きになります。天才は魅力的だしかっこいいです。物語がとても映えます。でも、すごく人気の物語や影響力の強い人の発する意見って、社会の常識をゆったり変えるくらいのパワーがあるんですよね。
天才って現実にはほとんどいないのに、まるで医者はみんな天才みたいに思ってたり。非人道的なゲーム施設をつくる大金持ちもたぶん、ほとんどいないと思うのですが、なんかよくありそうな錯覚をしていたり。

単に楽しいだけの創作であっても、人気が出れば出るほど影響力が増し、その物語は現実に近づき、現実に影響を与えます。その影響は本当に人々を幸せにしてるだろうか、社会にとってプラスになるだろうか、というのを考えたのです。・・・影響力をもつって怖いね。影響力を持つには想像力が不可欠だと感じましたよ。

医療の場合は、とても専門的な領域なので、攻撃されるとたぶん、専門の壁を強固にして防御壁にしちゃうんじゃないかなと思うのです。医療はもっと患者さんやご家族と近くなって、自殺ほう助(安楽死)や遺伝子診断など医療倫理と絡むことをみんなで考えられた方がいいと私は思っています。医療じゃなくても、いろんな物事が関わりたい多くの人に開かれてるといいなと思います。

アートと物語という創作で、双方を結び合わせられるように、私も地道にがんばります。

今日も読んでいただきありがとうございました!Ouma作品はギャラリータグボートさんで販売しているので、のぞいていただけると嬉しいですよ!

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