ポコラート全国公募vol.8、形にならない表現部門の受賞作品、山岸玄武さんの「デュシャンの泉100年」の講演を聞きに行ってきたので、そちらをまとめました。現代アートという分かりにくいものを扱っているにも関わらず、講演は非常に分かりやすく、分からないものを楽しめる秘訣にあふれてましたよ^^
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20世紀に最も影響のあったアート
2004年の行われたイギリスの美術専門家500人によるアンケートでは「もっとも強い影響力を持った20世紀のアート作品」としてマルセル・デュシャンの「泉」が選ばれている。男性用便器の向きを変えてMattという仮名を乗せたこの作品が、なぜ「最も強い影響力をもつ」と言われているのか。
✓ 参考リンク 形にならない表現部門(公演・ワークショップ)
山岸さんは「泉」に芸術性はないが、それゆえに鑑賞者の中で作品を創るしかなく、そうせざるを得ないように仕向けたのだという。これを、山岸さんは芸術における「ゼロ」の発見と定義する。ゼロという概念は6世紀にインドで発見された。7世紀ごろには同じくインドでマイナスの概念が発見。
✓ 参考リンク 0(ゼロ)の歴史 – ”0”は誰が発明したのか? マイナスを発見?した方はどなたですか?(Yahoo知恵袋)
難解と言われる現代アートを、山岸さんは「マイナスの芸術」と定義する。「泉」をゼロとして、プラスの側が分かりやすいアート、マイナスの側が理解が難しいアート。マイナス側を理解するためには、VR(バーチャルリアリティ)を体験する時のように、ゴーグル(解釈や解説)の助けが必要ということ。
ここにさらに私なりの解釈を付け加えたい。プラス側に数値が大きくなるということは、めっちゃ分かりやすい、マイナス側に数値が大きくなるということは、めっちゃ分かりにくい、を指すわけだけど、プラス側は過去の価値、マイナス側は未来の価値、なのではないかと。めっちゃ分かりやすいの代表例といえば千利休が見立てた茶碗やゴッホのひまわり。すでに評価が定まっていて、その評価が一般にまで浸透している状態。マイナスの方は未来の価値。これは絶対値だと考えてみたら、分かりやすいかもしれない。つまり、めっちゃ分かりにくいものは、めっちゃ分かりやすく一般まで浸透した価値に転じる可能性があるかもしれないということ。マイナスの数値を「絶対値」として分かりやすい側に提示するのが批評家の役割なのではないでしょうか。
音楽におけるゼロ
プレゼンテーションでは芸術におけるゼロだけでなく、音楽におけるゼロの発見も紹介されていました。4分33秒の無音の音楽を作曲したジョン・ケージ。無音の音楽なのに3楽章構成なところが素敵ですね。
✓ 参考リンク ジョン・ケージ 4分33秒が評価される理由
ファッションにおけるゼロ
ロバート・アルトマン監督のプレタポルテ。最後のショーではゼロを纏う人たちが歩いているそうです。
と、いうこのプレゼンテーションが山岸さんの「作品」
そして見事、「形にならない表現部門」の受賞作となった。こういう作品を提示する人がいるのが嬉しいし、それを認める存在があるのだと知ると、日本もまだまだ捨てたもんじゃないなと思って嬉しくなる。だって、現代アートを真面目にやりたいと思ったら、もう海外行くしか前向きに見てくれるところがないような気がしてしまうからさ。
山岸さんが考えている事自体が表現と言いたい。何かの事象を感じ取り、論理性を見出しプレゼンテーションする。この一連の思考のプロセスそのものの事だ。(審査員・中村政人)
さて、芸術におけるゼロの発見はデュシャンの「泉」である、と山岸さんは言う。しかし、私はゼロを発見したのはデュシャンではなく、山岸さんだと考える。アール・ブリュットと名付け親、デュビュッフェは、自分のコレクションにのみ「アール・ブリュット(生の芸術)」と名付けていた。つまり、自身が発見したもののみを「生の芸術」であると定義しており、アール・ブリュットというのは一般名称ではなかったのだ。
同じく「芸術におけるゼロ」の発見は、山岸さんの発見である。しかし、芸術における「ゼロ」はまだこれからも多く発見されるだろう。デュシャンの泉はモノが存在する。一切の記録を残さないパフォーマンス・アーティストもいるが、それも何かが行われている。画面が白のみ、であればロバート・ラウシェンバーグのホワイト・ペインティングもある。数学と違い、複数のゼロという概念をもてるのが芸術のおもしろいところだろう。
✓ 参考リンク こんなのあり!? なにもない「無」の芸術まとめ
✓ 合わせて読みたい みじんこ漫画で分かりそうになる現代アート(1)~現代アーティストとして4つの質問に答える。 現代アーティストになりたい人のための~初心者の第一歩から海外展開まで役立ち記事まとめ
みじんこは、発見されたいよ!ヽ(=´▽`=)ノ