先日、エストニアの首都タリンの大学で動画制作の修士課程を学ぶ学生さんたちがレジデンス先のMoKSにやってきました。アメリカ人の先生による授業が行われて、ちょっと参加してきたので、今回はそちらをご紹介です^^
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音楽に即興で映像をつける
授業はこんな感じで行われました。まず、音楽ファイルをランダムに学生さんたちに配布。温顔は6~7種類くらいあり、それぞれ全然違う音が入っています。学生さんたちはお互いの音を知りません。
音は水音からカタカタする音に変わるものや、電波みたいな音、不安をあおるような音、といろいろで、全部1分に収まっています。最初と最後がぜんぜん違うものもあれば、割と近いイメージのまま終わるものもありました。この音源を聞きながら、学生さんたちは村内を散策。音源に合う映像をスマホで撮影します。デジカメとか音を撮る専用マイクみたいなのをいろいろ持ってきてたんですが、今回はみんなスマホのみで撮影したようです。3時間くらい後に編集した映像をみんなの前で発表するという即興映像試写会でした。
画像はすべて学生さんの作品ではなく、先生の過去プロジェクトから。
動画の説明とかは一切なしで映像発表のみだったのですが、音が生み出すイメージに沿って映像を合わせているものや、音が生み出す雰囲気に合わせてイメージをのせてるもの、音のイメージに合わせたストーリーをつくっているもの、音のイメージに合わせた哲学を伝えるもの、など切り口がみなさんさまざまで非常におもしろかったです!たとえば、水音→カタカタ音になるやつは、魚釣りをしている人たちの映像→魚が連れてバタバタ動いている様子の映像に変わる、とか。ムーディーな音楽のもので、泥の中を歩き回る足を撮影し、蠢く手の影の映像が間に入って最後に去っていく様子で終わるものもありました。村内の映像を基にしているので、どれも「あ、ここはあそこだ!」って分かるのも楽しかったです。編集やストーリーの組み立てなどがみなさん本当に素晴らしかったです。
どんな作品が出てくると良いと思うのか?
どれも素晴らしかったんですが、先生の立場では、どんな作品を「良い」と評価するのか。ちょっと気になってアメリカ人の先生に聞いてみました。この先生はこの学生さんたちの先生ではなく、タリンのべつのところでやはり動画や音の作品について教えている方です。この方に「生徒がどんな作品をもってきたら、お、こいつはいいぞ!って思いますか?」と聞いてみたんです。
答えは「簡単につくってないもの」でした。このへんでいっかー、みたいなてきとーさが透けるような作品はダメだと。この評価って分かりやすいようで難しいよなーって思うのです。たとえば先生なら、生徒のふだんの授業態度や発言などを聞いているので、たぶん「あ、こいつはサボりたいんだな」って分かることもあると思うんですが、「1作品だけ」でそれを見抜くのってかなり難しい気がするんですね。レディメイドや「もの派」の作品など、極端に簡素化されたものってどうしても「簡単」に見えてしまいやすい。どこまでその哲学の精度を作品に乗せているのかというのは、鑑賞者側の見る力が必要なんですよね。特に1作品だけだと。ぶっちゃけ技術とか特殊な素材を使っているとかは分かりやすい。思考の蓄積が作品に乗っているとして、それを作者のポートフォリオや解説もなく、1作品の画面だけで読み解くのって鍛練がいる。じゃどうやって見ていけばいいのか。また追って考えていきたいと思います^^
授業は本当におもしろかった!学生さんたちのおかげであちこち行けたのも楽しかったです、感謝!
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みじんこは、映画化待ちしてるよ!ヽ(=´▽`=)ノ