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正しくないと証明されることが「科学」の条件~反証に対する寛容さについて考える

  • 8月 27 / 2018
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みじん講義

正しくないと証明されることが「科学」の条件~反証に対する寛容さについて考える

「科学的に証明された」と言われると、なんだか正しい気がしてしまう。しかし、科学というのはもともと、反証されることによって発展してきたもので、科学が言えるのはあくまでも「今の段階ではこれが正しいっぽい」というところまで。
もう大ファンでしょうがない山口周さんの「武器になる哲学」より。ぜひ、読んでほしい一冊。

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科学とは何か?

オーストリア出身の科学哲学者(そんなのあるんだ!)カール・ポパーさんの科学の定義は「反証可能であること」
つまり、後から別の事実が出てきて「ごめん、やっぱ、前に言ってたやつ、違ったわ!」と言えるかどうか。言える=科学、だとポパーさんは言っています。反論できないものは科学ではない、ということは、「月がきれいね」とかは科学ではない。あるいは日本人のアイデンティティーは侘び寂びにある、とかも科学ではなくなります。

参考リンク  武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50

この定義でいうと、おもしろいことに数学が科学でなくなってしまうんですよね。数学って最も科学っぽい気がしてしまうのですが。数学の公式は三次元世界では普遍ですからね。しかしなぜ、わざわざ科学の定義をする必要があるのか。これについて本書ではこのように伝えています。

ポパーが問題視しているのは、「科学のふりをしたニセ科学」が、一種の虚仮威(こけおど)しのように「科学的」という印籠を掲げて人を薙ぎ倒そうとする風潮のことで、もとより「科学的」でないのであれば、それはサイエンスではなく、アートだと初めから言えば良い

なるほど、とても大事なポイントです。「バカ田大学の教授が開発!寝るだけで肩こりも腰痛も完全に治ってしまうことが科学的に証明された驚異の羽毛布団。通常100万円が今ならなんと80万円!」と言われたら、やはり買ってしまいますよね。だって、科学的に証明されてるんですもん。しかし、科学的に証明されたってことは、いつか反証されちゃうかもしれないと考えれば、うっかり羽毛布団に貯金をはたかなくてもよくなります。ああ、よかった。

もともと獣医療の現場にいた自分は科学が大好きですが、同時に常に発展途上のものである、ということがよく分かっています。というのも、医療現場の「常識」が数年でどんどん変わっていくから。新薬も出るし、新しい治療法も開発されていく。私は大学生の頃から、医療はなんてクリエイティブな仕事なんだろう、といつも思っていました。たとえば膀胱を取ってしまった後、おしっこをオヘソから出そうという発想って、常識にとらわれていたらとても考えつかないと思うのです。
パスツールが細菌の存在を証明する前に、手洗い消毒の重要性を説いたのがハンガリー出身の医師、イグナッツ・ゼンメルワイス。まだ細菌の存在が発見される前に「見えない何かが感染を引き起こしている」ことに気づき、手や器具の消毒を徹底させることにより、婦人科病棟から産褥熱をほぼゼロにすることに成功。しかし、この論文は「医者の手が患者を殺していた」ことを証明してしまうため、医学界にはなかなか受け入れられず、ゼンメルワイスは最終的に精神病院で職員の暴行を受けて亡くなることになります。当時は手術した手袋を変えることなく別の患者の手術に入るようなこともしていたようで、ゼンメルワイスの発表を受け、自分の手のせいで患者を死なせていたことに苦しみ、自殺した医師もいたようです。

ゼンメルワイスの発表がしばらく受け入れられなかったため、その間に亡くなった若い妊婦もおり、医学界の権威体質に対する反省としてこの話が伝えられています。でも私は、科学の反証が起こった時に、もともと正しかった説を信じて行っていた行為を、手のひらを返したように責め立てるのはどうかと思うのです。特に医療は。医者だって患者を殺したくてやっていたわけじゃないのだから。当時のベストの知識・技術をもって臨んでいたわけだから。それが実は間違ってたと後から言われて責められるなら、医者なんてやっていられないでしょう。罪の意識を抱えてしまったベテラン医師がやめてしまったとしたら、医療全体のレベルが下がってしまうことも確かなのです。医療の常識も100年後には全く違うものになっているだろう。でも、今は今のベスト。科学は常に、暫定的なベストに過ぎないものなのです。

参考リンク  感染制御の父 イグナッツ・ゼンメルワイス

研究者に必要な資質は?

ゼンメルワイスの観察力は、産褥熱をなんとか解決したいという問題意識から生まれたと思います。ノーベル賞受賞の山中・赤崎教授に「研究者の資質」について聞いた記事がありました。両教授とも「好奇心」を資質として挙げると共に、赤崎さんは「What(何をやるか)」、山中さんは「透明な目で真実を見れるかどうか」
研究者も人なので、結果を見る時に自分の予想通りの結果が出て欲しいと思って見てします。そうすると、本当はそうじゃないのに、そう見えてしまうんですね。その予想外が起きた時に、なんでこうなったんだ!と興味がもてること、それが研究者の資質ではないかというのが山中さんの意見です。
科学は、人を取り巻く環境を分かりやすく変えてくれます。それに対してアートは、人の内面に変化を起こすものだと私は思っています。そして私はどちらも好きです^^

参考リンク  研究者に必要な資質は何? ノーベル賞の山中・赤﨑両教授が学生の質問に回答


みじんこは、科学が大好きです!ヽ(=´▽`=)ノ

みじんくん と みじこちゃん

「科学的なみじんこだよっ。」
「証明されてるよー」

mijinconbi