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あいちトリエンナーレ2019より、人のいない大都市という現実を映した「日常演習」から「日常」を考える

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あいちトリエンナーレ2019より、人のいない大都市という現実を映した「日常演習」から「日常」を考える

あいちトリエンナーレの作品を紹介していくシリーズ。香港出身のアーティスト、袁廣鳴(ユェン・グァンミン)さんの作品から、今日は日常について考えてみました!あいちトリエンナーレは、2019/10/14までやっているので、間に合う方はぜひ!

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まるで映画のような現実

ドローンで上空から映し出されるのは、人の姿が見えず、車も通っていない閑散とした大都市の姿。バイオハザードの映画のオープニングにありそうな風景だが、これは台湾で1978年から毎年行われている防空演習の様子。人は30分間屋内に退避し、自動車やバイクなどの交通も制限されているのだという。

参考リンク  「日常演習」(あいちトリエンナーレ2019) 袁廣鳴(TINA KENG GALLERY)

こんなん毎年やってるの!?っていうことを知ると、この時代にまだ戦争の脅威とかあるの? ほんとに?みたいな気になってしまう。中国から銃口が向けられつづけている台湾ではこれが「当たり前」であるし、徴兵制のある韓国では「男は軍隊に行って一人前」というのが「常識」としてある。「日常」って自分が毎日触れているものだから、その中にいればその色に染まってくるのは当然のこと。これは、環境によって行われる教育(洗脳)だと言うこともできます。

私が海外に行き始めたばかりの時に他の国のことで驚いたことがいくつかあります。
・軍服を着た人がふつうに歩いている、電車にも乗ってる。
 →軍人っぽい人を日本では日常的に見かけないので、なんかコワイ気がしてしまった。空港に着いたら銃をもった軍人さんたちが歩いている国もあった。
・国旗掲揚する国が割と多い。
 →これは割と都市部、先進国で、でしょうか。日本には独立記念日みたいなものはないので、ナショナリズムを喚起するような習慣がないんですよね。小さい頃は日章旗を掲揚してる家を見かけるだけでなんか戦争っぽくてコワって思っていました。「国」にとって重要な日がある国は、その日に向かって道路やビルに国旗が圧倒的に増えます。日本では、これに当たる日は「終戦記念日」なんですが、終戦記念日に国旗掲揚するというのが感覚的にちょっと「違う」。なにしろ、平和を祈るような日ですからね。また、ちょっと特殊ですが、独立宣言しようとしたバルセロナはスペインの国旗ではなくカタルーニャの国旗が町中至るところに見受けられます。
・暗い
→全体的に家の灯りが暗かったり、そもそも薄暗い中でごはんを食べてたり。もちろん国によりますが、間接照明で過ごすのが海外だと一般的なのかもしれません。が、私は夜も制作作業をしたい人なので、けっこうしっかり明るいほうがありがたいんですよね。アーティストになる前も海外のおうちは暗いなぁって思ってました。

細かくはいろいろあれど、戦争や犯罪に対する概念が日本とほかの国では大きく違うかなぁって思います。それはね、素晴らしいことだと思うのですよ。海外に行くと日本の安全さはすごく言われます。本当に素晴らしいと。日本で生まれ育つと、「置きっぱなしにしてるやつが悪いから置いてあるもの持ってっちゃおーぜ」って思考回路にならないですよね。誰もやってないし、日本でモノを置きっぱにするやつが悪いとか思わないし(海外なら危ないなと思いますが、置いている人より盗む人のほうが悪いですよね)。日本人全員が無料で享受できていることですが、海外だとそれはあんまり普通じゃない。高価なものを落としてもちゃんと手元に返ってくる。そういう「常識」を日本人がみんなで作って浸透させてきたんですよね。
国ごと、地域ごとに常識も習慣も違う。その土台が違うと、導き出される答えも違う。海外の人と話すときには、その前提を確認し合うところから始めたほうがいいのかもしれません。と、その前に、人も国と同じで、それぞれいろんな経験、考え方をもっているはずなんですよね。自分と同じ生き方をしている人はこの世に誰もいません。だから、大切にしているモノもコトも全然違う。
私はあまり写真を撮られるのが好きではないので、「写真を撮ってあげるよ!」って言って撮ろうとされることが好きではないです。(人に頼まれて撮るのは好きだし、撮られたい人のを撮るのはとても好き)。雰囲気が悪くなるので、強固に断りはしませんが、写真を撮られるのが大好きな人が「当然あなたも好きだよね」的に撮ろうとしてくるのはちょっとなぁと思うのです。他にも一度行ったところに二度行くのがあんまり好きじゃなかったり、新しい体験であれば基本的になんでも好きだったり。っていうのは、みんなにあると思うんですよね。みんな多かれ少なかれ、「和」のために、ちょっとずつ相手を気遣って振る舞っているはず。でも、どうして「言えない」んだろう、と。「あんま写真好きじゃないんですよねー」って別に普通に言えば、「あのヤロー、写真好きじゃないのかよっ!」ってなる人はほとんどいないはず。言わないから「相手を気遣う言い方」もうまくならず、より言えなくなっていく。自分とほかの人の「当たり前」が違うことが「当たり前」なのに。そしてその「違い」こそが発見する価値のあることなのに。共通点があると仲良くなれるという話を聞いたことがあります。仲間がいたほうが安全が確保されるような気がする。共通点がある人たちといるほうが確かに落ち着くし楽しい。そうしているうちに、私たちそれぞれが感じている「日常」が違うことを忘れてしまっているのかもしれませんね。

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「ボーフラさんもいるよー」

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