:::: MENU ::::

アートという「救済」~夢という宗教をもつと人生は変わりやすい

  • 4月 19 / 2019
  • アートという「救済」~夢という宗教をもつと人生は変わりやすい はコメントを受け付けていません。
  • , ,
みじんこアート, みじんこ体験

アートという「救済」~夢という宗教をもつと人生は変わりやすい

突然ですが、宗教はお好きですか?笑。私は大っ嫌いでした。獣医として働くまでは。だってなんか、争いの原因になっている感じがするし。でも、獣医になってから、人が宗教を必要とするのが良く理解できました。身近な人の「死」は本当に辛い。そういう時、なにか自分の心の支えになるようなものが必要なのだというのが、今はよく分かる。多くの死に涙したし、今も思い出せる手触りがあるから。

スポンサードリンク

形だけの宗教

日本に暮らしていると、日常にあんまりガチ宗教みたいなのがないので、そんなに実感がないのですが、海外にいると割とよく「キリスト教の勧誘」を受けます。熱心な勧誘をする一方、一度ですが毎週礼拝に行っているという熱心な信者さんに割と不親切にされたこともあり、宗教ってやっぱり「信じる本人への救済」であって、周りの人に親切にすることを推奨するわけではないのだと感じたことがあります。

教会のイベントは信者じゃなくても参加可能なので、興味があって行ってみたことがあります。キリストへの賛美歌をみんなで歌ったり(私たちには罪がある、キリストは私たちを救ってくれた~みたいな歌詞でふつうにビビる)、聖書の解釈についてみんなで議論したり、ピザをタダで食べたり。しかし、正直ちょっと怖いと感じてしまった。あくまで私の主観ですが、盲目的すぎるような気がしたし、なんか洗脳に近くないかと思ってしまったんです。これは私が宗教に慣れてないこともあると思います。でもなんか、聖書おかしくね?とか言えない雰囲気。。
心理学の研究で、ある宗教会の会場前で具合が悪い人がいても、熱心な信者のほうが助けない、という調査結果があったような(元ネタが分からなくなってしまったので懐疑的に聞いてください)。これが本当だと、宗教は人に親切にするように教えているはずなのに、信者さんは「宗教の会に遅れずに参加する」ことが目的になってしまっているということになります。敬虔な信者だから親切で優しい人なわけではないですよね。でも「信者」という肩書のせいで自分が親切なんだと誤解できるというわけです。
そもそも、ひどい状況から逃げてきた難民の人のために一緒に祈る、とかやるんですが、、ぶっちゃけその祈りって何の意味があるん?って思ってしまうんですよね。それより、困ってること、必要なことを聞いてその場にいる人たちに声をかけ、食べ物を寄付するとか、住居の一部を貸すとか、少しずつでもお金の寄付をするとかしたほうが、具体的な彼の生活に役立つと思いません?遠くに住んでるとかならともかく、今、目の前にいるんですよ? みんなで若干、涙しながら祈って「よかったよかった、解決」みたいな雰囲気が出ているところに「ええっ」ってなってしまうんですが。(こういう宗教ばかりではないので、あくまで個人の経験だと思ってください)

宗教は至るところにある

宗教が「人の心の救済」だとすると、それは日常さまざまな場所にあります。村上隆さん自身も、アートは「人の心の救済」である、というのを著作「芸術闘争論」の中で言っていましたね。私は現役獣医だった時からビジネス書を読むのが好きで、流行りのビジネス書100みたいなのをほぼほぼ全部読んでたのですが、まぁだいたい言ってることは同じだし、大して記憶にも残っていません。これ、私は実は宗教なんだと思ってるんですね。読むことで「なんか得たような気がする、頑張ってるような気がする、賢くなったような気がする!」実際は何にもなっていないけど、そういう「感覚」が得られる。でも実際の生活になにか生きるわけではない。自分は変わってきている、学んでいるという「錯覚」が救済になっているということです。
ほかにもすごくハマれるものは、なんでも宗教に近いなって思うんですよね。アート(鑑賞も創作も)、スポーツ観戦、動画鑑賞、読書、音楽、ゲーム、資格取得含め大して生活に役だってない勉強のたぐいも。本質的なことは「心の救済」であると。いや、いいんですよ。私は人には宗教が必要だと思っているし、人に迷惑をかけず、自分が前向きになれることならなんでも持っていたらいい。
ただ、もしも自分の生活まで変えてくれる「宗教」があるとしたら、それは自分の夢じゃないかなと思うんですね。すごく大きな夢じゃなくても、「人生で一度、長編小説を書いてみたい」「絵が1枚5万円で売れるようになりたい」「南極に行ってみたい」そういうのがあれば、そこを教祖さまにして、長編小説の書き方を調べるし書いてみるし、絵の売り方を考えるし売ってみるし、南極の行き方を調べるし費用を調べる。ゴールがあって、それをするのに必要なことを調べて実行していくと、確実にそこに向かって生活は変わっていく。一つ達成できたら、「もっとおもしろいものが書けるように」「美術館で展示できるように」夢も先へ進む。少なくとも「読んだことある」しか覚えていないビジネス書を読んでいるよりもよっぽど人生は変わる。(これまで100冊くらいは読んでて覚えてることは「すぐ行動しろ」いじょ)
私は今、アートをつくったり、小説を書いたりしています。その活動をもっと広げたいと思っていると、ヒントがあらゆるところにあるって気づくんですよね。おもしろい漫画があれば「なんでこれはこんなにおもしろいのか」と考えながら読んじゃうし、それを自分の創作に活かせる。夢という宗教があるだけで、全部つながってしまう。

私は世界中すべての国と地域を見てみたい。まだ見たことのない生活や文化を体験したい。その私の人生がかかったすべてを、アートや物語として残したい。あなたの宗教はなんでしょう?^^

合わせて読みたい  現代アートについて考える~初心者の第一歩から海外展開まで役立ち記事まとめ


みじんこは、教祖様だよ!ヽ(=´▽`=)ノ

みじんくん と みじこちゃん

「信じるといいよっ。」
「救われちゃうよー」

mijinconbi