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生命の倫理観の境界にあるダミアン・ハースト

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生命の倫理観の境界にあるダミアン・ハースト

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「死」を扱うアーティストみたいに紹介されていたのを以前、見たことがあるのですが。もはやタバコの吸い殻すらも作品として高額取引されてしまうダミアン・ハースト。まさに現代の錬金術師って感じなんですが、とても好きな作家のひとりです。

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生命の倫理観の境界は

ダミアンのおもしろさの一つは、生命倫理の境界の上を歩いているところにあるなと思っています。

ダミアン

死ぬほど有名なのがこのホルマリン漬けシリーズなんですが。

「人体の不思議展」っていう解剖学をメインにした展示会が日本でも何度か開催されてるんですが、これってほんとそんな感じなんですよね。その展覧会では、プラスティネーションという技術を使い、人間が輪切りにされて展示されてたりします。

参考リンク  物議を醸す人体標本展、ふたたび NZで今月開催 メルボルンで実物の人体標本展

まず、ダミアン作品については技術的にも非常にすごくて。
通常、単に動物をホルマリン漬けにすると、こんな透明にならないんですね。血でかなり濁っちゃう。だから、血をかなりきれいに流していて、それで本来は色のないホルマリン液に青い色をつけて浸漬している。

液体部分に肉片とかが飛び散ってないのがものすごい技術で、これだけ用意するのに相当苦労しているだろうなぁっていうのも伺えます。まぁ、そこは余談なんですけども。

蝶を張り付けた作品シリーズもよくみかけるんですが、こちら、蝶は本物なんです。

4色のボードの上に蝶が散りばめられていますが、よく見ると同じ位置に散りばめられている。ものすごく作為的です。どこまでが科学研究でどこまでが許されるのか。
「倫理」っていうものもとてもあいまいで、昔は奴隷制はOKだったし、職業や生まれによる差別なんかも今よりずっと多くあったんですよね。それが徐々に変わってきた。
生命についても同じくです。

同じように生命を扱う作品として、Chim↑Pomのピカチュウ(スーパー☆ラット)があります。駆除されるネズミを捕まえて剥製にして、ピカチュウの見た目にしたやつなんですが、私はこの作品がとても苦手です。

参考リンク  インタビュー:Chim↑Pom(卯城竜太、エリイ) × 岡部あおみ

ダミアンの牛は科学にかなり近くて、獣医大学出で解剖とかも実際にやっていた身としてはなんとなく納得なんです。
蝶もまだわかる。でもピカチュウはイヤ(アートとしては分かるんですが、心理的に拒絶感がある)。この辺りの感覚に自分自身でも非常に矛盾を感じるのですが、だからこそダミアン作品は生命倫理の境界上にあって、ダミアン作品は自分にとって、OKとNGの引っ張り合いのテンションの上にあるんだなぁと思います。
(友人のアーティストと見に行きましたが、彼女はダミアンの牛はNGのようでした)

どこまでがよくて、どこまでがダメなのか。
生命に対するリスペクトがあるかどうか、と言ったとしても、どこでそれを測れというのか。他者が「そのやり方はリスペクトではないです」と決められるものでもありません。日本では遺体を火葬することが多いけれど、火葬が本当にリスペクトなのか、と問われたら分からなくなります。だって、火葬には「燃やさないと埋める土地はもうないっす」っていう土地事情だって含まれるはずだから。
死者をアートに使うというのは恐ろしいです。私にはなかなかできない。それでも、科学の中にあるアートな部分を引き出してくれるようで、ダミアン作品はとても好きです。牛の頭が腐敗してるやつも見たいなーと思ってます。

合わせて読みたい  現代アーティストになりたい人のための~初心者の第一歩から海外展開まで役立ち記事まとめ

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みじんこは、はざまにいるよ!ヽ(=´▽`=)ノ

みじんくん と みじこちゃん

「境界上だよっ。」
「歩いちゃってるよー」

mijinconbi

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