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記憶は物質化されることにより感情と切り離される、牛島光太郎

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記憶は物質化されることにより感情と切り離される、牛島光太郎

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ArtStickerより、牛島光太郎さんの作品をご紹介です。モノの「個人史」を「保管」しようと試みたというシリーズです。

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個人史というのは、まさに個人の物語なんですが、これが物質化されているのがとてもおもしろく感じました。短くまとめるなら、「記憶を物質化した作品」と言った感じです。

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こうして物質化された記憶(=個人の物語)を読み解いてみると、記憶は
・境界を引く(分類:タイトル、色)
・時間(編むことで過去の時間の積み重ねが視覚化される)
・保護(物体の変容を防ぎ、出し入れしやすい状態にする)

の3点によって視覚化されるように思えます。

ArtStickerに出てる靴のようなものは、「ストイックな日々」というタイトルづけがされているのですね。こういう言葉がつけられると、物語のジャンルが区分けされます。

記憶にも大きく分けたら「悲しい記憶」「がんばった記憶」「幸せな記憶」などいろんなものがあると思うのです。タイトルをつけられること、色をかぶせられることによって、それらが分類されます。

記憶にあるできごとというのは、なんらかの時間経過を伴う物語です。記憶が「あ!」だけで終わることっていうのは、ほとんどないと思うんですね。

「編む」という行為はこの時間経過をとても強く感じさせます。

色を塗ったり絵を描いたり、切ったり貼ったりすることも時間経過を伴うのですが、塗った色はレイヤー状になっている面を見せないと、塗り重ねた時間経過はなかなか感じないと思うんですね。切ったり貼ったりも確かに作業に時間がかかってるわけですが、「連続して連なる時間経過」を感じるかというと、なかなか難しい。「編む」は、かけた時間が次の時間に影響していることが非常に伝わりやすい行為です。輪ができてその輪が次の輪につながり、っていうのが重なる行為だからですね。一つの輪の存在が、次の輪のためには確実に必要になる行為というか。

そして「保護」。

私たちはすべての記憶を覚えているわけではなく、自分にとって大事な記憶だけを持っていますよね。その中には苦しいものもあるかもしれませんが、少なくとも三日前の夕食よりは、自分にとって大事だったからこそ覚えているはずです。

物が袋に保護されることにより、記憶が保管されていることが強く感じられます。
↓ こちらのページの写真を見ていただきたいのですが、2番目の写真は、毛糸のパンツから足が出ているような感じになっています。

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物が持っている記憶が、糸によって補完されているような感じがします。

記憶が物質化されるとどんなことが起こるかを考えてみます。分かりやすくは、物質化によって記憶と感情が分離されるということが起こると思っています。物質化されることで、記憶はかなり抽象化されます。個人的な記憶であっても、抽象度が上がると、多くの人が共感できるようなものになると思うのですね。苦しい思い出が物質化されることによって苦しさから切り離され、それは一つの物語として保管されます。
覚えているものは大切な記憶であることは確か。でも、時に感情にかき乱されてしまうような記憶もあるはず。

物質化された記憶からは暴力的な感情は消え、より客観的な記憶を鮮明なまま保管し、また他者と共有することができるようになるのではないでしょうか。

他の人の記憶のはずだけど、自分の記憶との共通点を見つけ、客観的に記憶を見つめ、今の自分への繋がりを感じます。過去を振り返り、辛かったことも楽しかったことも含めて、自分の土台になってるなぁってじんわりできるのが、この作品のいいところではないでしょうか。

そんなわけで、記憶を物質化させて可視化する行為がとても魅力的な作品だと感じましたよ!

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今日も読んでいただきありがとうございました!Ouma作品はギャラリータグボートさんで販売しているので、のぞいていただけると嬉しいですよ!

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みじんこは、素敵な記憶でいっぱいだよ!ヽ(=´▽`=)ノ

みじんくん と みじこちゃん

「いっぱいだよっ。」
「たくさんだよー」

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