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杉本博司「アートの起源」から学ぶ「アート・アーティストとは何か」

  • 1月 05 / 2019
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みじんこレビュー

杉本博司「アートの起源」から学ぶ「アート・アーティストとは何か」

良著を濃縮還元してお届けするみじんこブックレビュー。杉本博司さんの「アートの起源」から印象に残った言葉をまとめました。

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・アートとは、技術のことである。眼には見えることのできない精神を物質化するための。アートは人類意識の文明開化の流れのうちに、それぞれが深く関わりあいながら分化していった。
・科学も芸術も先人の残した偉業をいかに引き継いで、新たなる地平へと導いていくことができるかが、最先端の科学であり芸術であるといえるだろう。
・ゲーテは詩人であり小説家であり戯作者であると同時に、20年もかけて色が人間の眼に与える影響を研究していたのだ。ゲーテは「色彩論」の前書きで「色彩は光の行為である、行為であり、受苦である」と書いている。 →杉本さんはこの言葉を「光がその自由を妨げられて何らかの存在と衝突して色として立ち現れる、すなわち衝突が受苦である」と解釈した。
・アートの展示が美術館を捨てて神出鬼没に場違いを探すようになって、アートは希薄化、または昇華していった。アートとはアートと呼ばれるものがアートになるのだ。
・利休の時代、利休の茶は一世を風靡した。利休は今の世で言えばアーティストである。アーティストとはいつの世にも、人跡未踏の地に分け入り、そこにその時代の精神、美意識、極言すれば価値そのものを創造する者を指す。
アートとは、いつの世にあっても、新しい価値を創造する、または、捏造するという行為。
・絵画に憎まれた写真は、その後、写真が絵画を模倣するというピクトリアリズム、そして超現実主義の写真表現へと連なっていきます。また、絵画の運動に目を向ければ、迫真描写は写真に任せ、絵画は人間存在のより深部の描写へと向かったのでございます。印象派絵画や抽象絵画の誕生は写真の存在なしには考えることはできません。しかしながら、機械で撮られた写真が芸術であるなどとはおこがましい、それは人間存在に対する冒とくである、などと世間からはさげすまれ、長らく二流芸術の名の下に甘んじてまいりました。
・作家は自分でやっていることは自分の中ではもう明白な事実であり、それしかやりようがないことをやっている。ただ、社会との接点、説明責任と言うのは、アーティストは持ってない人が多い。説明されてもわからない作家もいっぱいいる。ただ、どんなわかりづらい作家でも、やはりその中ではこう、合理的な判断、論理が動いている。
アカデミズムの人たちがやっている合理的な判断など、研究対象に対するアプローチを、美術家の場合には形にする手をもっている。そういうものを論理ではなく形で見せるのがアーティスト。

文脈が分からないと???なまとめもあるかと思いますが、詳しくは本書でどうぞ^^。人類学者の中沢新一さんとの対談では、「等価交換」や「贈与経済」のあたりの話が興味深かったです。

合わせて読みたい  みじんこ漫画で分かりそうになる現代アート1 現代アーティストになりたい人のための~初心者の第一歩から海外展開まで役立ち記事まとめ


みじんこは、アートだよ!ヽ(=´▽`=)ノ

みじんくん と みじこちゃん

「アートそのものだよっ!」
「ほんとだよー」

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