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Category / みじん講義

  • 4月 28 / 2019
  • 成功に変わる失敗と何にもならない失敗の違い~型にはめること はコメントを受け付けていません。
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成功に変わる失敗と何にもならない失敗の違い~型にはめること

突然変異についてここしばらく考えています。突然変異は環境変化が激しいと頻発するっていうことは変化に対応する反応だと言いかえることができます。もっと言うと突然変異は「動的な型」なんじゃないかなと。今日は「型」について考えてみました。

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  • 4月 10 / 2019
  • 未来に届く普遍性のあるアートについて考える~拡張しやすい概念について はコメントを受け付けていません。
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未来に届く普遍性のあるアートについて考える~拡張しやすい概念について

未来に残るアートってどんなものなんだろう。それを愛する人がいて残る場合と、便利だから残る場合といろいろあると思うのですが、「拡張させやすい」アイデアはすごく自然な感じで私は好きです^^

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  • 4月 04 / 2019
  • 世界標準について考える~国の多様性からそれぞれのゴールを考えるということ はコメントを受け付けていません。
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世界標準について考える~国の多様性からそれぞれのゴールを考えるということ

先進国で「死刑」がある日本は文化的に遅れているという話を聞きます。あるいは、ペットショップのように生命が売り買いされることについて「日本は遅れている」と。死刑やペットショップの是非はちょっと別の議論なので置いておいて、この「遅れている」という表現があまり好きではないので、今回はそこを言及しておこうかなと。

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  • 4月 02 / 2019
  • 日本は本当に安全な国なのか~辛くなったら海外に逃げて引きこもろう はコメントを受け付けていません。
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日本は本当に安全な国なのか~辛くなったら海外に逃げて引きこもろう

エストニアに来てからエストニア人さん、エストニア滞在15年のアメリカ人さんなどに「日本ってケタ外れに安全だよね」って言われる。Moosteはエストニアでもかなり田舎で、みんなお互い知り合いみたいな感じだから犯罪もほとんどありません。でも、首都タリンは以前は強盗とかもけっこうあったみたい(今はほとんどないとのこと)。 殺人みたいな凶悪犯罪は確かに少ない。でも、自殺率が高い日本は「住む人たち」にとって本当に安全なのか、を考えてみました。

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  • 3月 31 / 2019
  • モノを供養する日本文化~アートを供養するアート作品をつくれるか考える はコメントを受け付けていません。
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モノを供養する日本文化~アートを供養するアート作品をつくれるか考える

「2月8日に日本は針の供養をするんでしょ?」ってイタリア人に聞かれて動揺しているOumaです。調べてみたら針供養って本当にあるみたいですね!

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  • 3月 30 / 2019
  • ギャラリーでの展覧会におけるキュレーターの役割ってなんなん?って聞いてみた はコメントを受け付けていません。
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ギャラリーでの展覧会におけるキュレーターの役割ってなんなん?って聞いてみた

現在、上海で開催中の林景秋とOumaの展覧会「INFINITE REPETITION / 无限循环」。こちらにはアメリカ人のPeter Haganさんという方がキュレーターとして参加しています。展覧会自体の解説記事も書いてくださったんですが、美術館での展覧会でなく、ギャラリーでの展覧会にキュレーターさんが入るってどういことなんでしょう。ぶっちゃけ何しているのか分からなかったので、聞いてみました。

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  • 3月 26 / 2019
  • がん細胞へのインタビュー~がんの存在意義とは何かを問答する はコメントを受け付けていません。
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がん細胞へのインタビュー~がんの存在意義とは何かを問答する

もともと臨床獣医師時代は細胞診という「できもの」に針を刺して細胞を調べるのが大好きだったOuma。大学時代の研究室は解剖学で、卒論は脳細胞関連でした。組織学というのは細胞を染色して調べるのが基本なので、色彩的にも形状的にも大好きなジャンルだったんですね。ちなみに脳と肝臓は染色方法のバリエーションもあり、形状的にも美麗な組織の一つです。おススメ。
今日はがん細胞をゲストにお呼びし、ふだん、どんな思いで生活していらっしゃるのかなどについて伺ってみました。

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  • 3月 23 / 2019
  • 侘び寂びの本質を「慣れ・普通の否定」として再定義する はコメントを受け付けていません。
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侘び寂びの本質を「慣れ・普通の否定」として再定義する

日本文化として侘び寂びがどこまで馴染んでいるのか。日常に馴染んでいるとは考えにくいけど、日本人の多くがこの考えを誇りに感じているのも確かだし、他国に日本の文化を紹介する時に侘び寂びというのは欠かせないキーワードであるはず。今日はエストニアの風景写真とともに、侘び寂びについて、さらに考えてみます。

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  • 3月 21 / 2019
  • 地方のアートフェスや映画祭はやった満足ではなく集客を考えようよという話 はコメントを受け付けていません。
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地方のアートフェスや映画祭はやった満足ではなく集客を考えようよという話

エストニアのタルトゥで開催中の国際映画祭。行ってきたのですがあまりに人がいない。。地方の芸術祭とかってこういうことありそうだよね。何をしたらよかったのか、対策を勝手に考えてみました。

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  • 3月 20 / 2019
  • 侘び寂びは日本の文化ではなく、洗脳だろってことから考えるアーティストの仕事について はコメントを受け付けていません。
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侘び寂びは日本の文化ではなく、洗脳だろってことから考えるアーティストの仕事について

侘び寂びって日本の文化だなぁって脳死で思っていたのですが、そうでもなさそうだと気づき始めて。今日は侘び寂びについて考えてみました。

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  • 3月 17 / 2019
  • アウトサイダーアートを「つくる人」と「見出す人」のニコイチのアーティストとして再定義する はコメントを受け付けていません。
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アウトサイダーアートを「つくる人」と「見出す人」のニコイチのアーティストとして再定義する

正規の美術教育を受けていないというのがアウトサイダーアートのもともとの定義。でも、ぶっちゃけ、障がい者アートのことを指すことがほとんどですよね。デュビュッフェがアールブリュット(生の芸術)と提唱したこちらの概念。その純粋性を保つ方法として、改めて定義しなおしてみました。

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  • 3月 14 / 2019
  • ピエール瀧さんの出演作自粛によって浮き彫りになる社会への信頼度の喪失について はコメントを受け付けていません。
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ピエール瀧さんの出演作自粛によって浮き彫りになる社会への信頼度の喪失について

ピエール瀧さんって電気グルーヴだったんだ!と今さら知ったOumaです、こんにちは。ピエール瀧さんの演技、すごく好きですけどね。コワイ役の時、ホント怖いですもん。さて、ちまたでは、ピエール瀧さんの出演作の自粛問題について、いろんな意見が出ているようです。私はこの問題の背景に、社会への信頼度の喪失を感じました。

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