侘び寂びは日本の文化ではなく、洗脳だろってことから考えるアーティストの仕事について
侘び寂びって日本の文化だなぁって脳死で思っていたのですが、そうでもなさそうだと気づき始めて。今日は侘び寂びについて考えてみました。
侘び寂びって日本の文化だなぁって脳死で思っていたのですが、そうでもなさそうだと気づき始めて。今日は侘び寂びについて考えてみました。
Facebook上で長いこと存じ上げていたのですが、先日、初めてお会いする機会が得られまして、ありがたいことに作品についての詳しい話を伺えました。書道というものの基礎知識にはずいぶん疎い私ですが、同時代を生きる者として、ハシグチ作品が訴えかけてくるものについて、真剣に考えてみました。長くなったので、数回に分けますね。
※作品画像は本人提供です。
上海展覧会「INFINITE REPETITION / 无限循环」は、2人展という紹介になっているけど、私たちの中では「個展」という認識がある。2人で1人の作家として「個展」をやろう、というのが、出会った当初からの私たちの目標で、1年がかりでそれがようやく実現した。Solo show by one artists(複数のSがつく)それが私たちの展覧会のコンセプト。本展覧会のキュレーター、Peter Haganさんは、1つのことを景秋さんは仏教観やスピリチュアルな経験をベースに「Why」の視点で、Oumaはサイエンスの観点から「How」の視点で表していると称した。
今回は景秋さんの作品をご紹介。
海外のアーティスト・イン・レジデンスに応募していると、「リサーチャー」の受け入れも多いことに気づく。場所によってはリサーチベースのアーティスト限定のところもあるし、そういったところの条件はけっこういい(調査費用助成のほか、発表機会、現地専門家とのミーティングなどが用意されているケースも)。そもそもリサーチにはお金と時間がかかるからだ。しかし、日本でリサーチベースのアートワークっていうのをほぼ見かけないのだけど(展覧会の公募企画などで見かけることはある)、どこまで認知されているのだろうか。今日はリサーチアートについて考えてみた。
ギャラリーというのは、アート作品を展示する場所でありながら、販売する場所でもあります。ギャラリーは作品販売の収益によって運営費を賄っているし、アーティストも同じくです。作品が売れなければ、作品制作どころか、生活することすらできなくなってしまいます。それを無料配布してしまったのが、景秋とOumaによる個展「无限循环」
今は現代アーティストぶっている私も、もともとは現代アートっていうものが割とキライでした。だって、意味わかんないし、きれいな感じもしないし。昔はアーティストってのは「意味わかんないことをすることでかっこつけてるんだろう」と思ってたんですね。でも今は、その面白さが前より分かるようになりました。現代アートは「発見」する楽しさがある。今日はそれをイチイチ説明していこうと思います。
アーティストとしてずっとやっていくには、当然ですが制作費や制作場所を確保しないといけないわけで。作品を売る、アーティスト・イン・レジデンスに応募する以外にも制作環境の確保にできることはいろいろあります。その一つ、助成金についてご紹介です。
良著を濃縮還元してお届けするみじんこブックレビュー。今回は岡本太郎さんの「自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか」から、岡本太郎・芸術の三原則をご紹介。
昨日の記事「投資としてのアートから作品のシェア所有・共同購入について考える」について「共同購入というのは、やはり作品を手元に置いて独り占めしたいという気持ちがあるのでニーズはあまりないのでは。ただし、海外では敏腕ディーラーによるアートファンドに投資する人はあって、アート作品の証券化は進んでます」という意見をいただきました。なるほど、興味深い。しかし、私は「所有」について問いかけしているアーティストであるので、別の案を考えてみました。